あの時、予想より随分早い時間にカデンツァを引き取るよう連絡が来て、慌てて迎えに行ったのを覚えている。
アルノーの苛立った声に、何かカデンツァが粗相をしたのかと背筋が寒くなった。それは奴の垣間見える残忍性を知っているからに他ならない。アルノーの部屋について、カデンツァの無事を確認したとき、心の底から良かったと思った。
珍しくカデンツァは部屋の隅で立ったまま泣いており、服はアルノーが着せたのかやや着崩れていた。泣き止まないカデンツァに苛立ったと思われるアルノーは、俺を見るなり今日はもういいので連れて帰るよう指示すると、俺ごと部屋から追い出した。
いつもなら意識があるのかないのか分からないような状態で引き取るからか、アルノーの部屋から手を引いて連れて帰るのは随分と不思議な感覚だった。後ろを歩く足取りは確かだったから、行為に入る前に何かあったと考える方が自然だ。何があったかを聞くべきなのか迷いつつも、いつもの沐浴室に着いたところでカデンツァがごねた。
「いいです」
思わず聞き返すと、入らなくてもいい、と言う。
「バカ言えよ」
何もされていないのか、そう聞くとカデンツァは口籠もる。殴られたり、怪我でもさせられて、俺に見られたくないということではないかと無理矢理チュニックの裾を引っ張ると、震える手が俺の手を押しのけてカデンツァは脱衣場の隅に逃げ込んだ。
「どういうことだ」
苛立った俺の声にカデンツァは蹲って謝った。しまった、と思ったがもう遅い。すみません、ごめんなさい。繰り返される謝罪の言葉に胸が痛んだ。
「自分でします」
細い、板のような肩を自分で抱き、カデンツァは顔を床に向けたまま何度もそう言った。多少意地になっているところもあったのだろう俺は、カデンツァの珍しい様子に腹を立て、その細い腕を掴んで立たせる。嫌がるカデンツァを脱衣場の壁に押しつけて、色あせた白のチュニックを無理矢理脱がせた。
予想は明後日の方向に裏切られたといっていい。
カデンツァを道具とはいえ、ある意味商品としてみているアルノーのことだから、不用意に叩いたりして身体に傷を付けるとは思えなかった。そうでもなくてもカデンツァに対し、痕を残すような抱き方をする修道士たちを厳しく咎めていたのだ。だけど脱がしたカデンツァのその有様を見て、真っ先に思ったのは、それは趣味がわかれるだろ、という至極どうでもいい感想だった。
元々薄かったとは言え、カデンツァの地毛の色は黒だ。あるものがなければ間違いなく気付く。壁に手をついたまま、カデンツァは顔を下ろしたまま視線をあげようとしなかった。
「剃られたのか、悪かったな。他に何かされていないか、後ろに何か入りっぱなしだとか」
努めて冷静に問いかけると、カデンツァは力なく首を横に振った。
「ちょっと見るぞ」
僅かに赤くなっていたのが気になって、カデンツァの脚の間にしゃがみ込み、軽く指でそこに触れる。柔らかくなめらかな肌は、剃られた後とは思えないほどだったが、やはり予想通りカデンツァの肌は刃物に負けて赤くなっていた。指をそっと尻側に動かせば、ぬるついたローションの感触。
頭の上で啜り泣く声。なんとなくアルノーのした行為がおおかた想像出来て顔を顰めた。あのゲス野郎。
脱衣場から沐浴室に移動して、いつもよりも優しく身体を洗い流した。泣いている子供は苦手だ。特に、酷く泣き喚きもしないで、ひっそりとただ我慢するような子供は。
「薬塗るから」
バスタオルで水気を取りつつ、未だぐずるカデンツァを裸のまま洗面台まで誘導する。抱き上げて洗面台に乗せ、足を開くようにいうと、初めてガーネットの瞳が俺を見上げた。
真っ赤な目に一杯に貯めた涙。
高くも低くもない呻くような、いや、唸るような声が喉ではないどこからかこぼれた。それと同時に、溜まった涙が溢れる。堪えてきた何かが堰を切ったように溢れ出す。それでも必死に歯を食いしばって泣くのを我慢する様子に、思わず抱きしめた。
俺の修道服に顔を埋め、小さな手が袖をしっかりと掴んで放さない。震える肩をしっかりと抱きしめて、あやすように軽く叩いた。
なぁ、俺は思うんだが。
いつももっと恥ずかしい事を強要されていると思うんだ。
突っ込まれた性器が見えるほど身体を折り曲げられて、ひたすらに突かれたり。何度も何度も輪姦されて、腹の形が変わるほど中に出されたり。口と尻と、同時に性器をねじ込まれたりとか。しかもその様子を俺だけじゃなく、他の修道士も見ているわけだ。
剃られた、というのはそれ以上の辱めなのか、と。
単純に感覚が麻痺していたのだろう、と今なら思う。複数による衆人環視の中での行為が当たり前となっていたカデンツァにとって、裸を見られることや行為そのものを見られることは「恥ずかしいこと」ではなかった。
あるものがなくなっている方が、ずっとショックだったのだ。
落ち着くのを見計らってゆっくりと足を開かせ、後ろまで綺麗に剃られたところにそっと薬を塗り込めていく。赤くなってしまった場所は少しだけ腫れているようで、それは指の感触で分かった。なんとなくこの赤く腫れてしまった場所に口付けてみたい気もしたが、その衝動はなんとか抑える。
服を着せて鼻を啜るカデンツァを納戸に送ると、粗末な寝台に横になったカデンツァが珍しく俺の服の裾を掴んだ。
「自分で、塗ります」
薬は自分で塗るから寄越せ、ということなのは分かった。
渡しても良かったが、そうしなかったのは何故だろうか。下衆なアルノーと同じようにそれを見て興奮したのか。それはない、と頭では否定するものの、心のどこかで理解し難い感情が渦巻いていたような気もする。下心を隠して腫れているから、経過も見たいと断るとカデンツァは黙った。
その後のことは省くが、これ以降アルノーは一度たりとも同じ事はしなかった。子供に泣かれるのはさすがの奴も堪えたのだろうか分からないが、少なくともばつの悪い思いをしたことだけは確かだろう。奴の変態行為は俺がカデンツァを逃がすまで当然のように続けられたが、後にも先にもカデンツァがあんなに泣きじゃくる姿を見たのはこれが最初で最後だった。
「アルノー様派まだおられるの」
「あんな奴に様なんかつけんなよ。俺も暫く戻ってねぇし、でもいるんじゃねえかな」
サンドリアに戻っても逢いたくもないが。
あのふてぶてしい寄り目が地位は上がっても下がることはないだろう。なんだかんだで上には媚びへつらい、ありとあらゆる手を使って自分の場所を確立してきた男だ。若くして空いたポストに滑り込み総長となったという運もあるが、他の連中とはやはり違った。あの変態趣味は奴唯一の玉に瑕なのかもしれない。
ややあってそう、とカデンツァは小さく言うと目を伏せた。
「思い出させたな、悪い」
「いや」
カデンツァは顔を上げるとじっと俺を見る。
「今なら、アルノー様を食いちぎれそうな気がする」
一瞬ガーネットの瞳にギラギラとした色を垣間見て、背筋に駆け抜ける震えと共に触れてもいない股間が痛みを覚えた。冷や汗が吹きだしたのが自分でも分かる。無表情にそう言いきったカデンツァを見下ろすと、ガーネットは細められ、笑われた。
「舐めてやろうか」
「冗談だろ?」
思わず股間に手を伸ばすと、カデンツァは破顔して俺の唇に自分のそれを押しつけてきた。
「冗談」
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