なぁ───頼まれついでに、もうひとつ頼まれてくれないか。
手首を掴まれて、冷たい石畳に押さえつけられた。
床を通して聞こえてくるのは彼らの興奮した息遣いと遠くの蝙蝠の羽ばたき、そしてリザードの微かな足音。薄青い魔導球の灯りが揺らめいて見たくもない彼らの表情を克明に照らし出した。
吐き出される息は白い。
動くたびに鎧が無機質な金属音を立てた。
こんなことだろう、とは思った。
最初に声をかけられた時は多分、純粋に突然急用で来ることが出来なくなった青魔道士の代わりを探していたに違いない。たまたま端末で見つけた俺の名前を見て思いついたのだろう。計画性のない、場当たり的な行為。この場合、どちらかと言えば衝動に近いのだろうか。
内側で欲望を果たし、本懐を遂げた男を押しのけるようにして次の男が覆いかぶさってきた。
無遠慮に指で前の男のものをかき出して自分のものをあてがい、そのまま一気に押し込んでくる。こんな扱いには慣れていたけれど、苦しくて思わず声を上げた。両足を抱えられたまま、こっちのことなどお構い無しに揺さぶられて、擦れた背中が痛んだ。
「さすがにぐったりしてきたな」
「もっと抵抗するかと思ったけど」
頭上で手首を掴んで押さえつけていた男の力が弛む。
最初から抵抗する気などなかったけれど、開幕に貰ったモンクの腹への一発が予想以上に効いた。背中の痛みと、折りたたまれるような体勢で圧し掛かられて呼吸もままならない。
息を吸うのも命がけだった。
「やべ、締まる」
まるで体を床に押し付けられるかのように腰を突き出され、内側に広がっていく何度目かの奇妙な熱。
体を起こした男が、次の順番を待つ男を振り返った。
「わり、もっかいこのままやっていい?」
「いいわけないだろ。さっさと代われ」
吐き出してもなお、その存在を主張する性器が音を立てて引き抜かれ、それと同時に行き場を失っていた精液が外へと溢れ出る。慣れた感覚のはずがやけに気持ち悪くて身震いした。
「噂通りならガバガバのゆるゆるだと思ってたのに」
「言い訳はいいからどけ、早漏」
舌打ちする男の代わりに足元にしゃがみこんだ男は、いまだ開いたままの場所に自身をあてがうと勢いよく腰を打ち付けてくる。溢れていた精液で比較的すんなりと体の中に男のものは納まったものの、乱れた呼吸は整わず揺さぶられるまま短い喘ぎを繰り返すはめになった。
「くぅ、う、あ」
腰を抱えられて小刻みに、浅く揺すられる。
嫌な水音を立てて放たれた精液がかき出されていく。
「ダイスで負けたとはいえ汚いな」
どれがオイルでどれが誰のだかわかりゃしない、そう吐き捨てて男は腰を何度も進めた。
相手が変わっただけのいつもの行為。慣れた行為だ。好きにさせておけばいずれは満足するか厭きる。遠い昔に棄ててきた感情の数々。なんてことはない。いつものことだ。
なのに、込み上げるなにか。
思い出すのは燃えるような赤い髪と優しい唇の感触。
こんな愚かな俺のために泣くだろう男の、手の感触が克明に頬に残ってる。
泣き顔が、ちらつく。
「も、いいだろ」
肩ロに額を押し付けるようにして息を詰めた男を引き剥がすように押しのけると、目を細めて鼻で笑った男はその手を強く掴んで石畳に押し付けてきた。繋がったままの場所が嫌な音を立てる。
「何言ってんだ、今から折り返しだろ」
急に腰を進められて身を捩ると、男が腰を押さえつけた。
「ここまで来て、なに今更嫌がってんだ」
逃れようと腕を伸ばせば、別の男がその腕を押さえつけてくる。足を抱えられ浮いた尻に叩きつけられるように打ち付けられる腰。投げかけられる侮蔑の言葉も、下卑た笑いも一緒くたになって体を心ごと打ち抜いてくる感覚。
再び繋ぎとめられた体がいいように蹂躙されていくのを、なんとなくどこか遠くから見ていた。楔が心臓を貫くような痛みだけが酷く鮮明で、繋ぎとめられているのは体ではなく、心なのかとさえ思った。
嗚呼、泣かないで。
あんたが泣くと俺も哀しい───瞬間、現実に引き戻す冒険者端末への着信音。
「こいつのじゃね」
無造作に石畳に転がっていた俺の冒険者端末を拾い上げた男の一人が、相手も確認せずに端末に出た。
「もしもーし、現在取り込んでまーす」
間延びした声がソ・ジヤに響いた。
「あ、うるせえな。取り込み中だってんだろ」
何を言われたのかすぐに端末をオフにした後、男は何かを思いついたようにもう一度端末を開いた。
「なにやってんだ」
「ハメ撮り」
そういうと男は上から俺に向かって何度かシャッターを切り、顔を写すなと怒る行為中の男を尻目にさっさと端末を操作した。今更こんな姿ばら撒かれたところで、本当に今更だ。こいつらだって、噂を知っていてこういう行為に及んだのだろうに。噂もあながち出鱈目ばかりじゃない。俺に限っては、だが。
「顔写すなって、やめろ萎える」
「なにビビってんの。じゃあ代われよ」
男の笑い声が通路に響く。
微かに遠くでエレベータの動く音がした。男達も気付いたのか、笑い声はやみ、耳を澄ます気配。
こんな場所、ヴァズ塔と呼ばれる虚ろに用事がない限り来ることのない場所だ。そのヴァズ塔もそんなに用事が頻繁に出来る場所ではない。所謂過疎地域。
エレベータが動いた音がしたものの、その後に続く足音がしないことから男達に安堵の雰囲気が広がった。さすがの彼らも、直接行為中の姿を見られることには抵抗があるらしい。
「クソ、ちょっと萎えた」
急に腰を進められて思わず呻く。体重をかけて覆いかぶさってきた男の体が不自然に倒れ、男の体の後ろに燃え上がる赤い髪を見てあぁ、と声が漏れた。男達の息を呑む音が耳に届いて、俺は目を閉じる。
「なにやってるんだ」
怒ってるのか、泣いてるのか、おそらくどちらもなのだろう。震えた手が俺の額を撫でた。
「ミッションの手伝いだったと思う」
「ばかやろう」
唇が降ってきて、閉じた瞼に口付けられる。
本当にバカだ。
こんなことでまたレヴィオを泣かせて。
「嫌なら嫌って言っていいんだ。もう誰もお前を咎めないし、束縛しない。お前はもう自由なんだ」
伝った涙が頬に落ちた。
ああ、俺うまく言葉に出来なくてごめん。
こういうときなんて言えばいいのか分からない。だけど。とりあえず頷いて、次もしこういうことが起きたら、ちゃんと言おうと思った。
俺はレヴィオじゃなきゃ嫌だ、と。
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