緑色の月が沈みかける夜明け前。
砂塵舞うマウラにか細いチョコボのいななき。
「ごめんね、ありがとう」
昼夜を問わず走ったチョコボは崩れるように蹲るとそのまま動かなくなった。その嘴にそっと頬を寄せ、カデンツァは礼の言葉を囁く。遠くで機船の入港を告げる鐘が鳴った。
───さようなら、祝福されしヴァナ・ディール。
俺の、小さなな世界の全て。
港で渡航免状を見せるとあっさりと船に乗せて貰えることが出来た。他に乗客の姿はなく、カデンツァはそっとチュニックの襟を掴んで引き寄せる。
三等船室とは名ばかりの貨物室。木箱の側に腰を下ろして出港を待つ。
酷い睡魔に襲われカデンツァは目を閉じた。このまま寝てしまえば、きっと目が覚める頃にはアトルガンだ。新しき世界、広大で、自分を拒まない世界が其処にはある。
けれどもいつだって現実はカデンツァに冷たくて、無情だ。
「起きろ」
そう、低い声が夢現の中からカデンツァを呼び戻した。
いつの間にか寝ていたらしい。どれ程眠っていたかを理解する前に無骨な指がカデンツァの顎を掴む。
「残念だが、あんたをアトルガンに届けるわけにはいかなくなった」
「なん、で、渡航免状もあるし、お金だって払った」
「あんたを買いたいという─────」
強く男の手を振り払う。
もう、籠に戻るのは嫌だ。
無理に囀るのも、従順でいることも。
ねぇ、アルタナ様。裏切りの代償はなんですか。
自ら楽園への道を閉ざす、禁忌とはなんですか。
今、俺はあなたから解放される喜びで胸がいっぱいです。
これを信仰と言わずして、なんと呼べばいいのか。
甲板の手すりに手を掛けて、追いかけてくる男を振り返った。
カデンツァのその表情は恍惚。
「おい、まて───やめろ」
男が伸ばした手も、言葉もカデンツァには届かない。
ゆらりとその身体が宙に浮いた。
待ち受けるものは暗く冷たい、海。
最期に口ずさんだ言葉は、祈りの言葉にも似た、呪いの言葉。
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