夢を見て目が覚めた。
夢はいつも同じところで終わる。
始まりもいつも同じところだ。俺の手は朱く染まり、どす黒くなった液体が溢れるように薄暗い床に流れていく。蒼い刀身の「喜び」を意味するジュワユースが、音を立てて床に転がった。もう動くことのない深紅の瞳が最後に笑ったように見えたのは、俺がそう思い込みたいだけなのかもしれない。
───あの日。
あれ以来、俺はジュワユースを握ることが出来ない。
朝はいつだって涙で始まる。
不思議と、目が覚めてから目の端を伝っていく涙の感触を味わう。
その温かさに、自分が生きていることを実感し、そして絶望するのだ。目を閉じると瞼の裏側に焼き付いたままの光景。
思わず息を詰めて、少しだけ待ってから大きく吐き出した。
「泣くな」
「泣いて、ない」
強がりでもなんでもない、これはただの生理現象なのだ。毎朝の、いわば日課。
横からいつもの大きな手が伸びてきて、俺の涙を拭った。
「またあの夢か」
そのまま頭を引き寄せられ、俺よりも随分と逞しい腕に抱きしめられる。僅かな汗と、昨夜の行為が残る臭い。
「クソ、泣いてない」
「分かった、分かったから黙ってろ」
背中をあやすように軽く叩かれて、額に唇の感触。
何故、こんな事をしているのだろう。今更な疑問だ。
ここは俺の部屋ではなく他人の部屋で、俺たちは昨夜セックスに明け暮れた挙げ句、風呂も入らずに眠りについた。以前の俺からは考えられない行為だ。しかも相手が女性ならともかく、セックスの相手は俺より二回りほど大きな同族、エルヴァーンの男。そしてまさかの俺が女役となればこれは夢なのかとさえ思う。
だけど毎朝の夢が、これが現実なのだと俺に囁きかける。
夢から逃げるように毎日のようにセックスして、疲れ果てて泥のように眠っても、必ず夢は訪れた。
またじわりと滲みだした涙が頬を伝う。
「痛い。クソが、痛いんだよ」
無言で背中に回された手に力が籠もった。
痛いのは身体ではなかった。突き刺さるのは、俺のジュワユース。
突然唇を塞がれて、甘ったるい吐息が漏れた。いつもはしっかりと固めて立たせてある朱い髪が額に掛かって、俺の黒い髪の毛と混じる。触れあった肌が汗ばんで気持ち悪いが押しのける気にはならなかった。
心地よいキス。
いつの間にかのしかかられ、大きな手が俺の手のひらをベッドに縫い付ける。
あぁ、この男は。
この男の心には、まだ一人の男がいる。
いや、多分、死ぬまでいるのだろう。俺よりもずっと不器用に愛していたから。
俺たちは、傷を舐めあってる。
間に失ってしまった大切なものを置いて、お互いのぽっかりとあいてしまった心の隙間を埋めるように交わっているだけだ。そうすることで、何かが変わるわけでもないのに、俺たちにはそれしかないとでも言うかのように身体を重ね合う。
こんな事をしていても、一歩たりとも前に進めないのはお互いに分かりきっているはずなのに。
時間でも、癒せないものがあるのだと知った。
なあ、そのままきつく抱いてくれ。
酷くしてくれていい。もう、目が覚めないほど、壊してくれていい。
怖いんだ。
抱えるのが、怖い。
「一人は、嫌だ」
「分かってる」
もう一度囁くように分かってる、と耳元を掠める声。
溢れた涙はシーツに跡を残す。
昨夜のままの場所に鋭い痛みが走った。いまだ柔らかくほぐれているとはいえ、元は排泄器官だ。受け入れるようには出来ていない。つくづくあり得ない事をしていると思う。それでも全部入った事を身体は正直に告げてきて、他人の性器を身体の内側で実感すると別の意味で涙が零れた。
「抱いててくれ」
ため息が聞こえる。
背中にしっかりと回された腕が俺をきつく抱きしめてくれるが、それは渋々といった感じではない。ため息もいつものものだ。しょうがないな、とか、そういった類の。こいつはどこまでも優しく、俺を甘やかす。それがさらに俺を追い詰めるとも知らずに。
「痛いほうがいいんだ」
「バカ言え」
唇が降ってくる感触。涙をすくい取られ、小さな水音が耳を掠めた。
ゆっくりと動かされる腰に力を込める。肉を擦る音が、無茶な行為を咎めるように乾いた音として届く。痛い方がいいと言いながら、既に感覚は曖昧だ。そこには心地よさも、気持ちよさも、何もない。
なんでもいい、なんでもいいから、もっと強い痛みを。もっと。
「酷くしてくれないなら、他のところへいくぞ」
いつまでたってもゆるゆるとしか動かない男に痺れを切らして脅しとも取れる無意味な言葉を吐いてみた。
大きなため息。些か乱暴に頭を撫でられ、髪の毛が音を立ててかき乱される。思わず目を閉じると、次の瞬間腰が浮いた。
「いっ、あ、ぁ」
折りたたまれるように太ももを抱えられ、腰が浮いたせいで一気に結合が深くなったのを感じる。痛みより苦しさで零れた声に、少しだけ自分で驚いた。
「俺んとこ以外、行くとこねぇくせに」
「うぁ、くっ、は、いっ」
いきなり乱暴に腰を突き出され、妙な場所をかすったのか、痛みと一緒に抗えない痺れが全身を走る。荒い息と一緒に堪えられなかった声が動かされるたびに部屋に響いた。身体を横に倒され、片足を大きく上げた状態で激しく突かれ、ベッドにしがみつくようにしてその衝撃に耐える。
なんでこいつと一緒にいるのか。そんなの、俺にだって分からない。ここ以外、いくところがないわけがない、頭では分かっていても、俺はここから出て行けない。帰る場所も、まだあるのに。
ギシギシとエルヴァーンふたりぶんの体重を支えるベッドが軋んだ音をたてる。その音に混じるのは俺の無様な声と、腰を突き出してくるそいつの吐息。
「もっと、奥ま、で」
「黙ってろ」
浅いところを何度も擦られて徐々に言いようのない疼きが全身を駆け巡る。浅いのもいいな、なんて馬鹿げたことを思う余裕もなく、ただただ追い詰められていく感覚に酔いしれた。
「イキそう」
上り詰める直前の独特の感触が訪れると、あとは全力でゴールに向かってひた走るだけになる。こうなってしまえば、誰も止められない。あとちょっとの後押しをしようと自分の性器に手を伸ばすと、その手を強く掴まれた。
「珍しく早いな」
浅いところがいいんだ、そう言いたかったのにうまく言えたか分からない。へぇ、と軽い調子で答えた男は同じ所を何度も擦ってくる。もう腰ががくがくと揺れていることしか分からない程追い詰められて、このまま何処へでも飛んでいける気がした。もう口から零れるのは自分でも分からない意味をなさない悲鳴のような声だけだ。
|