親友という表現には当てはまらないが、当時俺が所属する金策リンクシェルの連絡係を一手に引き受けていた男がいた。口は悪いが几帳面な男で、資産の分配や連絡係には丁度いい男だった。
金策リンクシェル、というのは俺が勝手に呼んでいるだけで、実際はHNMLSというかなり特殊な生業だったのだがその呼称で大体のところは想像がつくだろうから詳細は省く。
時代の流れか、それとも年齢を重ねたからか、長くトップを独走し続けたリンクシェルからは緩やかに人が減っていった。皆他の団体に異動するのではなく、諸々の理由で冒険者自体をやめていっただけの話だったのだが、その連絡係を担っていた男にとって緩やかに人が消えていく事実は、徐々にであるが彼の心を蝕んでいった。
人の減少に伴って活動が滞るようになり、リンクシェルは明確には解散することなく、残ったメンバーは他に移籍したりして、やがてその男以外いなくなった。要するに自然消滅だ。俺も例外ではなく他に移籍した。
だが男は誰か戻ってくるかもしれないからと誰もいない連絡用のリンクパールをつけ続けていた。
ぼうっと白門の一角で、殆ど吸うところもなくなった煙草をくわえてただ一日を過ごす。そんなそいつを見ていられなくて、俺は飯に誘ってみたり、別の活動に誘ったりしてみたが、のらりくらりとかわされ続けた。それでもしつこく飯に誘い続けた俺に、ある日男は初めてその重たい腰を上げた。
それから三回誘って一回OK程度の割合で酒を飲む関係になった。
相変わらず蝕まれた心は砕けたままだったが、それでも損得勘定なしにただ酒を飲んで何もない近況を報告する相手というのは男にとって僅かでもの救いだったのか、少しずつ色々と話をするようになったような気がする。
結局その男を救ったのは、端末に掛かってきた一本の宛先ミスの通信だった、という笑い話なのだがその話はまた別の機会に。
ある日、当時情性で続けていたサルベージの後、何気なしに二人で飲みに行った。
お互い欲しいものは随分昔に手に入れており、後衛職をメインとする男に至っては、多分一生袖を通すこともないだろうアレスだの薄金だのといったものまでコレクションのごとく作り上げ、今では事もあろうか複数のミシックウェポンにまで手をつけているという典型的な病人だった。
エールとブルーピースの塩茹でを頼んで席に着く。
俺が喉から手が出るほど欲しかったマンダウを腰に差した、今は吟遊詩人の男。
今日のサルベージで一度も鞘から抜かなかったくせに。バフノックだったのに。お前も殴れよ。
恨めしそうな俺の視線に気付いたのか男が微かに笑いながら、お前も作れば、と言った。その裏側には作るあてくらいあるんだろ、という含みがある。
「あてはあるが金がない」
素直にそういったら男は別に驚くこともなくそうか、と会話は途切れた。余談だが、それ以来男は俺と一緒に行くサルベージでマンダウを持ってくることはなかった。
エールが運ばれてきて、互いにブルーピースに手を伸ばしながら他愛ない近況を話す。
会話はブツ切り。煙草の吸殻だけがたまって、それでもただ時間は緩やかに流れていく。男にとってはそれでよかった。多分。
だいぶ酔いもまわって正常な会話が続かなくなってきた頃、そろそろ帰るかと声をかけた俺の手を、そいつが握った。
俺を見上げる察しろと言わんばかりの目。
「だめだ」
そんなつもりで誘っていたわけじゃない、そう諭すように言うと分かってる、とぶっきらぼうに返って来る。
「朝まで一緒にいてくれ」
眠れないんだ、そう言って俯いた男の鮮やかな金髪がランタンの炎で橙に光る。真横に伸びた耳が、心も体も弱っていることを表していた。
「ずっと眠れない。酒飲んでも、全く」
「酒は寝るために飲むな。酒なしで眠れなくなる」
我ながらズレた返事をしたものだと思ったが、酔いのなせる業なのだろう。
金を払って男の手を引いて外に出た。既に真夜中、明け方近い時間にも関わらずアルザビは賑やかだった。中心部の喧騒を避けて閑静な港通りを歩く。
同じ種族の割に頭ひとつ分ほど小さい男の手は酷く痩せていて、昔もこうやって引いた小さな手を離したことを思い出して胸がちくりと痛んだ。
「ちょ、待て、早い」
そう言われて振り返ると男が抱きついてきた。
「おい」
「いいじゃねぇか、減るモンじゃねぇ。独り身だろ?」
顔が近づいてきて唇が、というところで事もあろうかそいつは急に顔を顰めると俺に向かって吐いた。
こういうとき、なんて叫べばいいのか分からないの。いやマジで。
言葉にならない声をあげた俺と蹲る男。
「気持ち悪い」
「吐くなら吐くって言え!」
「吐く」
男はさらに蹲り、殆ど四つんばいの状態で吐き続けた。
「こんな悪酔いしたの初めてだクソが」
「俺もあんな雰囲気からゲロかけられたの初めてだよクソが」
そう言ってお互い顔を見合わせて笑った。ゲロまみれで。
だけど久しぶりに腹の底から笑った。
若干足元に不安を感じるが、男は立ち上がると俺のレンタルハウスが近いと今度は俺の手をひいて歩き始めた。鼻につく酸い臭いはあれどなんだかどうでも良くなってくるところが酒のちからか。恐ろしい。
「悪かったな」
レンタルハウスに到着するや否や風呂場に押し込められ、お前サイズの服なんて持ってねえから全部自分で洗って出て来いとか俺様過ぎる言葉が飛んできた。絶対悪かったとか思ってないだろと悪態をつきつつも気分は悪くなかった。男のこんな物言いを聞いたのは何ヶ月ぶりだっただろうか。
俺はきっとこんな役回りなのだろう。
結局お互いシャワーを浴びてこざっぱりした後、力尽きるようにベッドに倒れこんだ。
「レヴィオ」
そう名前を呼んで、俺の袖口をしっかりと掴んだ男はそのまま目を閉じ、久しぶりの泡沫へと沈んだ。
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