シャララトで一人、こっそり頼む甘めのチャイとイルミクヘルバスとシュトラッチ。
人ではなくなった俺が唯一美味しいと思う、この国伝統の甘いお菓子。
ルリリに言わせるとシャララトのものは一般的な味だそうだが、彼女に連れて行ってもらったいくつかの店よりも俺はこの一般的な味が好きな気がする。
馴染みの店主に渡される、少し大きくカットしたイルミクヘルバス一切れとシュトラッチ。そして温められたチャイを受け取ってシャララト奥の一角に陣取った。
早朝という時間が時間だからか、シャララトに人はまばらだった。
アサルト帰りと思われる数人が戦利品を分け合いながらイチピラフを腹に詰め込んでいて、そこだけがやけに賑やかだ。
チャイが冷えた体に染み渡る。
アルザビ珈琲は香りはいいけど苦くて苦手、知っているのはルリリだけ。
そんな些細な一言すら言えずに今に至る。
見栄を張ったわけじゃない。珈琲でいいかと半ば強引に誘われて一度頷いたら、次から珈琲でいいな、になった。タイミングを逃して苦手だと言い出せないまま、眉間に皺を寄せて珈琲をすする羽目になっている。
そんな俺をルリリはばかね、と言って笑う。
彼女はいつも甘いチャイ。
しかめっ面で珈琲をすする俺を見かねた彼女は、あるときいいものを教えてあげましょう、と言った。
人目を避けた朝方、早い時間。殆ど誰もいないシャララトで初めてルリリお勧めのイルミクヘルバスを食べた。
初めて飲んだチャイは甘くてあたたかくて、イルミクヘルバスは懐かしい味がした。
普段から食が細いとか拒食症だとかいわれていた俺が全部ぺろりと平らげたことにルリリは少しだけ驚き、そして笑ってシュトラッチも美味しいのよ、と今度はシュトラッチを買ってきてくれた。
これがとても美味しかったのだ。
プルプルとふるえる、あっさりとしたミルクゼリーのようなお菓子。
それ以来、俺はこのシャララトがお気に入りになった。
話は少し変わるが、この国には椅子とテーブルという文化があまり浸透していない。このシャララトも同じで、座席という大まかな区分はなく、客は地面にいくつか敷かれた厚手のカーペットの上に座る。カーペットは年代モノの大きな水差しや瓶で重石をされていて、肘掛代わりのクッションがいたるところに重ねられている。
余談だが日除けの屋根、というかほろがある一部は人気席になる。もちろん時間とともにその場所は移動するし、雨の日の混雑ぶりは筆舌に尽くしがたい。
真鍮だかアルミだか分からない薄いトレイにマグやシュトラッチをのせてクッションにもたれるように座る。最早座るというよりは寝転がるに近い気もするが、混雑する時間帯にこんなことは出来ないので早朝の特権ともいえる恰好だ。
チャイは少しだけ変わった香りがする。
これが苦手だという人も多いが、俺は好きだった。
少しだけ目を閉じて、ひやりとした朝の空気を味わう。
このまどろんだ時間がたまらなく心地がいいと気づいたのはいつだったか。
誰も俺に干渉しない。
誰も俺の邪魔をしない。
これが俺の幸せ。
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