意外とロランベリー耕地は一年を通して気候がよく、雨季さえ除けば昼寝するにはとてもいい地域だ。
そんなことを俺に教えてくれたのはゴブリンだったりするのだけれど、実際昼寝しようとするとその辺りをうろつくクゥダフが案外と邪魔だった。昼寝を邪魔されるのは腹が立つもので、いつの頃かわざわざ昼寝をしに随分ジュノから遠<離れた場所まで足を伸ばすようになった。
柔らかい日差しの中で、ロランベリー畑で働いていたグゥーブーを枕に一眠り。
彼らは仕事柄うっとうしい蜂や芋虫を追い払ってくれ、快適なひと時を提供してくれる。
ジュノからかなり離れたこの場所は、どちらかというとパシュハウ沼寄りの中腹に位置する。そのためパシュハウ沼経由で移動中の酔狂な冒険者が、たまたまチョコボの操舵を誤って街道から大きく外れ、かつ居眠りでもしない限り俺を見つけることはない。
誰も知らない、俺しか知らない静かな一等地。
それがお気に入りの場所だった。
いつものように顔見知りのグゥーブー、ゴブリンと一眠りした後、グゥーブーに生えた雑草や苔を処理していた。気持ちが良さそうに目を細め、喉を鳴らすグゥーブー。
手の届かない背中や頭の天辺を中心に手入れするのだが、丁度太陽を浴びる角度なのかその部分は特に草花が生い茂る。たまに幸運の四葉かと思ったらマンドラゴラが紛れていたりするので侮れないのだが。
そんなグゥーブーの頭に、珍しくダリアが咲いていた。
何故かこのダリアという花は、グゥーブーの体にしか咲かない。希少価値がある、わけでもなく、これといって贈り物以外の使い道もないので、実際は手に入れても珍しいなで終わってしまうのだが、見つけると少し嬉しい気分にはなる。
幸運の四葉のようなものだ。
関係ないが、四葉は愛でるものであって食すと逆に不幸を呼ぶらしい。口の中に入れようとしたらゴブリンに止められたので本当かどうかは分からないが、食べて幸せになれるものではなさそうだ。
「ダリアだね」
摘み取ってゴブリンに差し出すと、ゴブリンは背負った鞄にぶら下がったブリキのマグにダリアを差し、溜まり水を入れる。そして小さくカデンツァはわびさびを知らない、と呟いてゴブリンは座った。
「ダリアを摘むこととわびさびが関係あるの」
そういうとゴブリンは大げさにため息をついてみせ、ダリアは食べるものじゃないってことだよ、と付け加えた。
それくらい知ってるといいかけて、やめた。四つ葉のときみたいに食べると思われたのかもしれない。
以前ゴブリンにダリアには色んな色があると教えてもらった。
でも俺自身が見かけるダリアはいつも赤だ。
俺の目の色、そして血の色。鮮烈な赤。俺の色だ。
グゥーブーの生息地域や環境によって色が変わるのかと思ったがそうでもなかった。だから、きっと俺には同じ赤にしか見えないダリアを、ゴブリンには別の色に見えているのかもしれないと思ったこともあった。
「いつか違う色も見てみたい」
風に揺れたダリアを見てそういったら、ゴブリンが笑っていつか見せてやると言った。ゆっくり待てという意味らしい。俺が生きてる間に見ることが出来るといいが。
グゥーブーがそろそろ仕事に戻るというので、その場で彼らと別れてジュノに向かうことにした。
別れ際、ゴブリンのマグに入れられたダリアを手に取ろうとしたらやんわりと制止された。
いわく、ダリアの意味は「ユーガ」だとか「カビ」だとかでオマエには似合わないとのこと。失礼な話だ。これはゴブリンがもって帰るのだとか。じゃあ俺に似合う花はなんだと聞いたら、少しだけ考えてゴブリンは言った。
「クロリス?」
いや、それ花じゃないだろ。
表情に出ていたのか、ゴブリンはマスクの下でぐ、ぐ、と笑い声をあげて、今度”鶏冠のシーフ”も連れてきな、と言った。どういう意味かと聞き返したがゴブリンはそれ以上笑うばかりで何も答えない。
とはいえ、ゴブリンが他の人を連れてきてもいいなんて言うとは思わなかった。一応、彼女も獣人だから冒険者にとっては狩りの対象になるわけで。彼女たちゴブリンは俺の命の恩人だけれど、他の人にとってはそうではない。一般的には敵対している種族同士だ。
「大丈夫かな」
そう言うとゴブリンは大丈夫だよ、とだけ言った。
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