一生の不覚。
人生の汚点。
色々な言い方はあるが、どれも当てはまるようで当てはまらないことがある。
むしろ後悔に近いか。
今でもあの時のことを思い出すと申し訳なくて土下座したくなる。
カデンツァの教育係という名の単なる後始末を押し付けられ、言い返すことも出来ず受け入れて数日後のこと。
初日に受けた酷い扱いのために寝込んでいたカデンツァを、シャマンドが無理矢理呼びつけたものの、当たり前だが不調と恐怖で固まったカデンツァはその勤めを満足に果たせず。それをシャマンドより使えないと咎められたアルノーが俺に、来週までにカデンツァを使い物になるようにしろ、と指示してきたのが全ての始まりだった。
アルノーは仕込みには何を使ってもいい、と俺に小さな小瓶を渡してきた。
聞けば気持ちよくなる薬だと悪びれもなく言う。俺の表情が変わったことにアルノーは気分を良くしたのか、俺は潔癖症だと言った。潔癖症もクソもないだろうに。何も知らない子供相手に反吐が出る。
だが断ることも出来ず、結局実行に移した俺も同罪だ。
ある意味俺のその性格がアルノーにとって制御しやすい手駒とたり得たのだろう。
それでもこんな俺にも良心はわずかなりとも残っていて、渡された小瓶は使わないと決めた。だけど、使ったほうがカデンツァにとって幸せだったのかどうか、苦痛よりもかりそめの多幸感のほうがよかったのではないかと、事もあろうか随分と後々まで悩んだ。
今は使わなくてよかったと思っているし、使わなくて正解だったと確信を持っていえる。
話を戻そう。
アルノーより使命を与えられた俺は、その晩カデンツァの納戸を訪ねた。
何もない部屋に置かれた粗末なベッドの上で、カデンツァは祈りを捧げている最中だった。俺を見ると少しだけ警戒した様子でベッドから降りて、じっと見上げてくる。ガーネットの双眸が警戒と嫌悪、そして憎悪の色を湛えているような気がして胸が痛んだ。
今日は誰のもとへ行くのか、無言で俺に尋ねてくるその雰囲気に息が詰まる。この数日でそうさせたのは俺だというのに、だ。
「今日は違う」
首を横に振ってそう言うと、あからさまにカデンツァは詰めていた息を吐き出した。
「少しいいか?」
頷くその表情に警戒の色が浮かぶ。
ベッドの端に座らせ、隣に腰を下ろすとカデンツァはさらに警戒を強めた。
「女としたことはあるか」
「ありません」
躊躇いのないか細い声が返ってくる。
「自分で触ったりしたことは?」
「ないです」
さすがに返答は一拍おいてから口に出された。
予想通りの答えに俺自身が行き場を失う。女を抱いたことも、自分で処理したこともない子供に、他人の快楽がどういうものか分かるわけがないのだ。
敬虔な信徒とはいえ、神学校をでた15歳。知識としての方法や程度は知っているのだろう、俺が手を伸ばすと慌ててその手を掴んでやめてください、と言った。
「手や口で満足させることができれば、体を使うことが少なくなる。お前が楽になるんだ」
じっと俺の目を見てくるその奥には、言葉の真偽を探っている。
「特にじーさんたちは次が長いから一度出しちまえばそれだけで満足するはずだ、分かるか、この意味が」
頷いたカデンツァに初めて警戒が解けた、と思った。
その言葉を理解したカデンツァは少しだけ躊躇って、そしてゆっくりと俺に手を伸ばした。
「いやいや、待て、いやそうじゃなく」
握られる瞬間にようやく喉から声がでてくれる。慌てた様子の俺にカデンツァは首を傾げた。
じゃあどうしたら、そんなカデンツァの声が聞こえてくるようだった。
「あー、いや、ええっと、あぁ」
こうするしかないだろうというデスの抱擁と、他に手があるだろうというレイズの叱責が同時に来る。俺の躊躇いが分かったのか、カデンツァは今度は迷わず真っ直ぐに俺の股間を握った。
視線が交差して、カデンツァが唇を噛みしめた。
言葉はなかった。
修道服の裾をめくりあげ、膝の間に屈んだカデンツァはたどたどしい手つきで俺の陰茎を取り出すと上下に擦り始める。視線は俺の顔。目をそらすことはできなかった。
「指はこうして、このあたり」
小さな手に俺の手を添えて、いい場所を教える。力加減やポイントを言葉にするのも、素面でやっているとは思えない程俺は冷静だった。カデンツァの小さく細い指は、教えた通り丁寧にいいところをなぞっていった。
ややあって脈打つのが分かるほど堅くなった陰茎を、カデンツァが咥えた。
無理矢理開かせた口に強制的に咥えさせたあの時とは違うとはいえ、罪悪感に胸が締め付けられる。こんなこと、正しいわけがない。そう頭では分かっていたのに、俺は頬張ったカデンツァの頬や顎を撫でながらフェラチオのやり方を教えた。
小さな頭が上下して、時折苦しそうな吐息が漏れる。
クソ、へたくそなんて誰が言ったんだ。
あたたかな咥内、舌の感触。吸い上げられる、あの言葉に出来ない感覚。
なんとなくカデンツァも俺の顔色をみて悪くないことを感じ取ったのだろう、俺に言われたことを忠実に繰り返すその行為に俺の方が先にどうにかなりそうだった。
ヘタクソと罵ったやつを罵りたい。罵倒したい。
「も、ちょっ、まずい」
我に返ったときにはギリギリだった。
これは研修であって、俺が出してはいけない。
そう寸前で理性が働いてカデンツァの肩を押した。
咥内から唾液なのかそれとも俺が我慢出来なかった汁か分からない粘性の糸をひいて、俺の陰茎が引きずり出された形になった。その瞬間が後押しになったのだと思う。言い訳はしない。いや、出来ない。
無様な悲鳴にも似た声をあげたと自覚している。
「ああぁ、ごめん、待ってろそのまま、悪い、悪かった」
呆然と座り込んだカデンツァに謝り倒し、俺は慌てて下衣を引き上げると納戸を飛び出した。
濡らした木綿布や湯桶を持って戻って来ると、カデンツァは律儀にもそのまま待っていて、俺は悪かったと何度も謝りながら顔に飛んだ精液を拭き取った。
カデンツァが今でも俺を咥えると、あの時俺が教えた通りになぞる。
俺は、俺が気持ちよくなる方法をカデンツァに教えた。
俺が、カデンツァをそういうふうにした。
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