必死に祈った。
俺が愚かだから、俺の祈りは届かないのだと思い込んだ。
俺の行いが悪いから、彼の神が俺を赦してはくれないのだと思い込んだ。
後どれだけ祈ったら、俺のこの罪は消えますか。
「カデンツァ、アルノー様がお呼びだ」
聖堂の壇上を水拭きしていた手を止め、俺は振り返った。
呼び出される事に問題はないが、まだ例の行為には時間的に早い。用件が分からず不安げな表情をしていたのが分かったのだろう。レヴィオは近寄り俺の腕を取ると、補足するかのように囁いた。
「明日、神殿騎士団のテオドール様がお忍びでお見えになる」
その言葉で全てを理解した。
公の訪問ではない上、自分が呼ばれる理由などひとつしかない。
唇は、言葉を返すことすら出来ず戦慄き、俺はレヴィオに何度も頷いて理解したと意思表示した。俺の腕を掴むレヴィオの指に力が込められたのが分かる。それでも、どうしようもない。
顔から血の気が失せるのは、いつものことだ。
案の定、アルノー様の用件は概ね想像通りだった。
レヴィオの言ったとおり、テオドール様は非公式でおいでになる。その彼を、俺がもてなすように、と命じられた。アルタナ総本山、大聖堂の大切な賓客を、ヒュームの俺が迎える意味は一つしかない。
粗相のないように、ときつく言われ胃が締め付けられた。
力なく部屋を出て行こうとする俺をアルノー様が思いついたように引き留める。
「カデンツァ、お前もここにきて2年になる」
「はい」
「そろそろ講話のひとつも出来るだろう?」
させてくださるのですか?
この俺に。本当に?
「非公式とはいえ、お相手は神殿騎士団のテオドール様。どうするかお前が選びなさい」
俺はアルノー様が与えてくださった唯一無二のチャンスに飛びついた。これを逃したら、二度とチャンスはないかもしれない。うまく話せなくてもよかった、失敗してもよかった。
他の修道士と同様に、俺にもチャンスを与えてくださった事が、何よりも嬉しかった。
「ありがとうございます、俺頑張ります」
そう言うと、アルノー様は頑張りなさい、と優しい言葉をかけてくださった。
夕食後、片付けをしていると凄い形相でレヴィオが俺の腕を掴んだ。
「お前、テオドール様への講話を引き受けたって本当か」
どこから漏れたのか、俺はそんな事よりレヴィオが何故怒っているのかが分からずにいた。
「断るんだ、今からでも遅くない」
「どうして、そんなこと言うの」
俺に与えられたチャンスなのに。
「知らないのか、テオドール様と言えばアルノー様のご友人で」
そこでレヴィオは言葉を止めた。言いにくいのがありありと見て取れたが、俺は続きを促す。
「分かるだろう、あまりいいご趣味ではないんだ」
「そんなの講話と関係ない」
やめて。
俺の、折角掴んだチャンスなんだ。
「何されるか、分からないんだぞ」
「ただの講話だろ」
「カデンツァ!」
「明日もう抱かれる事は決まってるのに、今更他に何があるって?」
ヒュームの俺が大聖堂を案内する、この意味が分かるか。
俺だって馬鹿じゃない。お忍びの目当てが、8割俺だって事くらい、分かってる。
”大聖堂に毛色の変わったのがいる”そんな噂があるのも知ってる。
「その後何されてもいい、真似事でもごっこでもいい。でも、アルノー様は俺にさせてくれるって」
俺はなんて愚かなのだろう。
レヴィオは心配してくれているというのに。
「気にしてくれてありがとう、でも俺はやる」
それでも、俺はやりたかったんだ。
|