───俺の祈りは、届かない。
大分後になって知った事だけれど、俺が雇われた背景に同じ境遇だった男の存在があった。
俺よりほんの少しだけ低い背、同じヒューム。どこか東を思わせる、整った顔立ち。年齢は、同じくらいか、彼の方が若干上か。
軟禁、というよりは監禁に近い俺の生活は、他の修道士と大聖堂内であっても中々逢う機会はない。だから、彼を見かけたのは廊下で数度。そのときまだ彼の境遇を知らなかった俺は、自分以外にもヒュームの修道士がいたことに、驚きを感じるとともに絶望を感じた。
なぜなら彼の着ている修道士の服は、俺のものよりも随分立派で、裾の刺繍や身につけている装飾品が、明らかに上の位を示すものだったからだ。
日々施される暴力にも似た行為に、忘れかけていた此処に在りたかった理由を思い出す。
愚かなヒューム。
無知は罪だと知った。
けれども、俺はすぐに彼の境遇を知ることになる。
そして、彼が同じような境遇にありながらも、俺と同じではないのだと、思い知った。
火を絶やさぬようにと言い付けられ、蜜蝋を持って行く最中、冷たい石畳の地下室で彼を見た。
薄暗い中に在っても、そこで行われている行為はセックスだと分かった。明らかに組み敷かれた彼の同意ではないであろう行為。ぼんやりと浮かび上がる白い身体が揺れるのを、俺は呆然と見ていた。
彼の小さな身体に貪りつく修道士の姿が、魔物のように見えるほど、その姿は異彩を放つ。
見てはいけないものを、見た。
だけど、少しだけ安堵した、愚かな俺が居た。
嗚呼、彼もまた同じなのだと。そう安堵したのだ。
そんな心を女神は見透かしたのか、俺は持っていた蜜蝋を床にぶちまけ、その場にいた若い修道士たちに存在を知らしめた。その後はご想像通りの展開で、俺もまた彼と同じく床に這いつくばる事になる。
何度も見た彼の表情はなく、ただ冷たい視線だけが俺に向いて、すぐに興味を失ったようにそらされた。
それはまるで、汚れた俺など眼中にない、とでも言うかのように。
結局彼は、信仰心しかない俺と違ってその才能を買われ、その後すぐに神殿騎士となって大聖堂を去った。
俺は、ここで何をしている。
祈りは何処へ行く。
信仰の行き先は暗闇で、俺はどうすることも出来ずに、ただ其処に存在するだけだった。
女神よ、あなたに、この声は、届いているのだろうか。
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