空を一瞬紫電に染めた稲妻。
雨は次第に強くなり、叩きつけるような感触に身を震わせた。
「どけ、カデンツァ」
「だめだ、殺すな」
倒れたレヴィオをかばうように、ツェラシェルの前で手を広げた。もし本気でツェラシェルが向かってきたら、俺の身体でレヴィオをかばいきれる筈はない。それでも、立ちはだからずにはいられなかった。背中で湿った咳が聞こえて、掠れたうめき声と共にレヴィオの動く気配がする。
生きてる。
「クソ」
「お前、そいつ殺そうとしてたんじゃないのか」
「だめ」
確かに刃は向けた。だけど、俺は躊躇った。
だから、殺しちゃいけない。俺が人で在るためにも、これ以上はダメなのだ。
「行って、レヴィオ」
後ろ手でレヴィオの身体を押した。
逃げろ、逃げてくれ。
その願いがレヴィオに届いたのか、彼の身体が起こされたのが分かる。そのまま、行ってくれ。そして、もう二度と逢わないでいよう。俺たちは、逢ってはいけなかったのだ。
レヴィオが動いたのを見て、ツェラシェルに握られた薄青のレイピアが揺れた。
「行けよ!」
声を荒げた瞬間、レヴィオに手を取られた。
「馬鹿言え、次逃げるときはお前も一緒だ」
その言葉と同時に、ツェラシェルのレイピアが俺の身体を掠めて地面に突き刺さる。
「次握ったら、離さないと決めた」
それはまるで呪縛のような言葉。
強く握られた手のひら。絡めた指と指。
俺はレヴィオに手を引かれ、ジャグナーの奥へと走った。追いかけてくる確かな気配、伸ばされる腕。雨でぬかるんだ地面が、もつれる足が、追う者と追われる者の距離を確実に縮めていく。何度も振り返るレヴィオ。握られた手が、熱い。
耳に届くツェラシェルの悲痛な声。
伸ばされた腕が俺の髪の毛を掴んだ。そのまま後に引きずられるように倒されて、俺は叫ぶ。無意識に、絡めたレヴィオの指を強く握りしめた。
「カデンツァ」
二人の声が重なる。
「離しな」
「嫌だね」
俺の手を握ったままのレヴィオが跪いてツェラシェルを見上げた。レイピアを突きつけるようにしてツェラシェルもまた肩で大きく息をしていた。稲光が二人の表情を冷たく映し出す。
「離さないなら、腕ごと落とすだけだ」
抑揚のない、冷たい声だと思った。
ツェラシェルのレイピアが、その切っ先が俺の腕に当てられる。荒い息が、さらにあがった。
「そっちかよ」
レヴィオの絞り出すような声。
嗚呼、俺はこんなレヴィオの声を何度も聞いた。彼もまた、苦しんでいたのだと、今更知った。
レヴィオの舌打ち。
「離せ、カデンツァ」
レヴィオの指が弛められる。離れていきそうな指を何故か引き寄せるように掴んだ。レイピアの切っ先は俺の腕に当てられたままだ。
「離すんだ」
レヴィオが俺の手をふりほどく。
名残惜しそうに離れていく指先に、涙が滲んだ。俺は、こうやって、また手を。
離してしまう。
離されてしまう。
泣きそうなのが分かったのだろう、レヴィオは視線をそらすと俺の身体から一歩退いた。すぐにツェラシェルの手が俺の身体を引き寄せる。
緋色の髪を持つ男と、緋色の魔道士。
雨の音すら霞んだ。
「俺も狂ってるけどよ、お前も狂ってるぜ」
そう言ったレヴィオに、ツェラシェルは喉を鳴らして笑った。
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