「フリッツ!」
突然自分の前を大きな手が覆って、押しのけられるようにその場所から身体を動かされた。
追撃の右爪が自分がいたであろう場所を薙ぎ払い、もしその場に居たらと思うとぞっとする。
「だいじょうぶか!?」
蹌踉めいた自分の前に、というか、ドラゴンと自分の間に立つのはゴルディヴァル。
どうして。
ダボイ、行ったんじゃ。
なんで、ここに居るの。
どういうことか分からずにいると、彼は近くにあった小さな何かに持っていた剣を突き立てた。乾いた音が響くと同時に、この空間全体にも亀裂が入ったような、そんな感じがした。
「やっぱりこの鏡が魔物に力を与えてたってわけか」
ゴルディヴァルの小さな舌打ちと、ドラゴンの苦しそうな咆吼で我に返る。
片手刀を構えなおし、落ち着いて空蝉の術を唱えた。僅かな違和感はぬぐえないまでもいつものように紙兵が身代わりを映し出し、深く息を吸い込むことで呼吸を整える。
大丈夫。もう、大丈夫。いける。
だって、一人じゃないから。
相変わらず片手刀は重たかったけれど、打竹を投げつけるとドラゴンが怯んだ。調子に乗って次々と投げつける。
避雷針を投げ込んで雷土をを呼び寄せたところで、ドラゴンが動きを止め、小さく吠えた。
地面が揺れるかと思うほど、崩れ落ちたドラゴンの身体は大きく、目の前に横たわったドラゴンを見てもまだ現実感は皆無だ。吐いた息と同時に興奮も徐々に薄れていって、今までちゃんと堪えていてくれた膝が笑い出し、そのまま地面に座り込んでしまった。
「お、おい」
驚いたゴルディヴァルが座り込んだ自分の腕を取って引き上げようとする。
「ごめん、なんか力抜けた」
そう言って笑ったら、ゴルディヴァルは安堵のため息を漏らした。
そのまま影が自分を覆い、そこで初めてゴルディヴァルに抱きしめられているのだと気付く。
「よかった、無事で」
耳元で囁かれるような声に少しだけどきっとした。
「額以外怪我は」
「あるけど大丈夫、たいしたものじゃないし」
「どこだ」
「んっ」
ぎゅっと肩を掴まれて、思わず身を捩った。
掴まれて思い出したのか、緊張が解けたらじわじわと痛みがやってきて、鞄の中をあさってみたけれどハイポの類はなかった。ゴルディヴァルが持っていた木綿布で傷口を縛ってくれて、とにかくサンドリアに戻る事にする。思い出しついでに尻尾で打たれた脇腹も押さえると鈍い痛みがあるからもしかすると腫れているかもしれない。
怪我には慣れっこだけど、こういった予期せぬ怪我は身体がびっくりしてしまうみたいで妙な気怠さが残る。今夜は熱出るかも、と思うと憂鬱だった。
「歩けるか、おぶろうか?」
少し歩いたところでゴルディヴァルが振り返ってそんなことを言うから、思わず笑ってしまった。
歩けなかったら呪符で帰るって。
それよりどうしてここにいるのか聞いたら、ダボイに行ってみたけれど導きの鏡が何も示さず、覗き込んで見れば自分が何かと戦っている姿が映ったらしく慌てて引き返して来たとか。まさかドラゴンと戦っているとは思わなかったみたいで、さすがの彼も一瞬足がすくんだそうだ。
どこまで本当なんだか。
話半分に聞いてたら、急に目の前でしゃがまれた。
「なに、それ」
「いいから、黙っておぶられとけ」
夕暮れのロンフォール。
ここからサンドリアまでは本当に近いのに。
だけど断ると色々言われそうだったから、素直に背中に乗った。
なんか思った以上に広い背中に驚いた。
だけど、なんだか凄く安心、した。
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