Way of life

 




 俗に言う、一目惚れ。
 同性である彼に。

 カラナックがLSのイベントに連れてきた彼は、自分と同じヒュームなのに随分と小柄だった。育ちの良さそうな顔立ちと、理知的な雰囲気は十分に教養を受けているようにみえ、最初は魔導師だと思った程だ。それなのに彼は戦士を生業にしているという。
「その細腕でか」
 思わずそう言うと、僅かに紫がかった闇の宝珠のような瞳が自分を見上げて不敵に笑った。

 カラナックにあいつは誰だ、と聞いたら問答無用でダメだ、と返された。
 曰く、昔から世話になってる友人が、さらに世話になった人の息子だという。なるほど、としか言いようがなかった。だけどそれで諦められるほど、枯れてもいないし、大人にもなれなかったのだ。
 それでも、最後の一線を越えられずにいた理由はどこかで畏れていたからだ。

 ───拒否される事を。


 バストゥークの安宿で、これまた安物のエールを二人で浴びるように飲みながら、呂律も満足に回らないほど酔っぱらったカラナックに、まるで念を押すように言われたことがある。
 ヴァンに女役を求めるならやめておけ、と。
 間髪入れずに、もしヴァンが望むなら俺の尻くらい差し出してもいいのだが、と言っておいた。思った通りカラナックは腹を抱えて笑い出し、釣られた自分も、零れたエールに突っ伏して笑い転げた。

 つまり、俺自身はどっちでもいいのだ。
 欲しいのは彼の人生の一部なのだから。


 そんなことを考えながら、故郷であるサンドリアをぼうっと歩いていた。

 何か用事があってここまでわざわざ飛空艇乗り継いで来たはずなのに、いざ着いてみると何のために来たのかすっかり忘れてしまっていた。これも全て飛空艇の中で余計な事を思い出したからに違いない。
 すぐに思い出すだろう、と足が勝手に酒場へと向いた途端にテルがやってくる。
『なにしてやがる、さっさと来い』
 その声を聞いた瞬間、何のためにサンドリアまで来たかを思い出した。
「今着いたとこだ」
『うそつけ』
 自分を呼びつけたタルタルは、レンタルハウスの前で待ちかまえていた。
「遅い」
「そんな急ぎの用事でもなかったろ」
「さっさと処分して家あけたいんだよ」
 そりゃ悪かったな、と呟いてタルタルの正面にしゃがんでやる。
 この糞生意気なタルタルは、子供のようななりをしていても自分より10以上歳を取っている。タルタルという種族は外見で年齢が分からないようにできているらしい。小さな身体で見上げ、お手上げだとでも言うかのようにポーズを決めるタルタル。
「このご時世だからな、少し整頓しないとなあ」
「使わないものを取っておくという行動が既に理解を超えているのだが」
「お前にも手放したくないものひとつくらいあんだろ、なかなか踏ん切りつかなくてな」
 タルタルはそう言うと、何かを思い浮かべたのだろう、懐かしそうにはにかんでみせた。
 数々の冒険の思い出の品は、長くこの世界にいればいるほど減っていくと思う。どこかで、思い出をそっと土に返す必要が出てくる。けれどもそれがまた思い出となり、ものはなくなっても、思いは残っていくのだ。
「お前にこれをやる」
 こうやって思い出を引き継ぐ事も、必要なのだと思う。
 出来れば、俺ではなくもっとこの大地を新しく踏みしめる誰かの方がいいとは思うが。
「こいつを渡したくてな」
 何を、と言いかけて小さなタルタルから大きなものを押しつけられた。
「なんだ、これ」
「しらんのか、両手鎌」
「いや、そうじゃなくて」
「あのやわらか炎将軍だって背負ってんだろ、黒魔のたしなみ!」
 まさか、と受け取ってその武器の重みに驚く。
「俺は初めて持った」
「へぇ丁度よかった、やるよ」
 愛用しているのは鍛えていない魔導師達でも、比較的簡単に振り回せるように設計された軽い杖。それは練り上げる魔力を補助するものであり、武器としてモンスターと対峙するにはなんとも心許ない。護身用に短剣も持ち歩いてはいるが、実際使ったことなどない。
「あの将軍、ちゃんと鍛えてんだな」
「何変なとこに感心してるんだ、それは俺の形見だと思って大事にしろ」
「形見って」
 タルタルは小さな肩をすくめてみせると、言わなくてごめんな、と笑った。
 いつかこういう形で、別れの時が来るのだとは理解していたが、それが突然来ると驚きよりも何よりも戸惑う。そして暫くして、寂しさと一緒に胸を締め付ける何かが襲ってくるのだ。
「俺もいい年齢だし、先月胸を患っちまってな。いい機会だし」
 タルタルが小さく咳き込んだ。
 手を伸ばすと小さな手で制止され、伸ばした手はそのまま降ろすほかなかった。
「お前にくらいはちゃんと言ってから去りたくて」

 急がせて悪かったな、と笑ったタルタルは、あの日、サンドリアのレンタルハウス前で途方に暮れていた俺に声をかけてきた笑顔と同じ顔で去っていった。





 タルタルと別れた後、噴水のそばに腰を下ろして呆然とした。
 立ち去る背中に何一つ、気の利いた言葉もかけることが出来なかった。
 長いつきあいの友人が引退を決めたというのに、頭の中はヴァンとの別れのことばかり考えていた。いつか来る別れの時、そのときに自分とヴァンの付き合いも終わってしまうのかと。
 俺は、アホだ。

「あれ、アニス。ぼけっとしてなにしてんの」

 そう声を掛けられて、顔を上げる。
 聞き慣れた、一番欲しい声だ。
 近寄ってくるヴァンの姿はいつものそれではなく、今日は皮職人であることを示すエプロンとアスカルと呼ばれる東方の装束を身に纏っていた。黒を基調としたそれはヴァンの黒い髪とよく似合っているが、傍らに抱える大量のなめした革が全てを台無しにしている気がしないでもない。
「鎌、背負ってるの珍しい」
「あぁ、形見なんだ」
「死んじゃったんだ?」
 ごめん、と謝りかけたヴァンを遮るように、引退したんだ、と言った。
「ああ、よかった。生きてるならいつでも会えるよね」
 ほっとしたように笑ったヴァン。
 なんでそんなことに気付かなかったのか。
 何故、自分はたった一言、それを伝えることが出来なかったのか。
「ヴァン、悪いちょっとここで待っててくれ」
「いいけど」
 走りながらテルをした。
 彼は、タルタルはまだ、サンドリアにいた。レンタルハウスのある区画に走り込んで、タルタルを探す。

 小さな影は、すぐに見つかった。

「タリル」
 小さなタルタルの名前を呼ぶ。
 すぐに彼は俺を見つけて手を振った。近寄って、その小さな身体を抱き上げると、タリルは大きな目をさらに大きくして抗議の声を上げた。
「なにすんだ、アニ…」
「会いに行く」
 抱きしめると、タリルの手が頭を撫でてくれた。
「ウィンダスまで会いに行く」
「嬉しいよ、アニス」

 俺も会いに行くよ、とタリルは囁いて俺の肩に顔を埋めた。



 飛び立つ飛空艇を見送って、サンドリア港に戻るとそこにはヴァンがいた。
「おかえり、ちゃんと見送れた?」
「随分待たせてしまったな」
 頷いて謝ると、ヴァンはじゃあ飯でも奢って貰おうかな、と目の前にある酒場を指さしてみせる。エプロンはもう着替えてしまったらしい。彼の用事はもう済んだようだ。
「なあ、ヴァン」
 歩き出したヴァンを呼び止める。
「もし、俺が」


 引退したら、お前は会いに来てくれるか。

 
「アニスが会いに来いよ」


 見透かすような先を読んだヴァンの回答に、俺は零れる笑みを抑えることが出来なかった。



 願いはいつか叶うだろうか。
 I want to involve your life.