Please

 

 


 扉が開かれるとすぐに腕を取られ、部屋の中へ促された。

 

「先、風呂に」
「後でいい」
 少しだけ苛立ちを募らせた様子で、クラインはヴァンをベッドに押しつけた。腕を後ろに引っ張られて、両手首を背中で縛られる。手首に食い込む布の感触に呻いた。
 好きなやつなど居ないと思うが、縛られることは苦しくて嫌いだ。身体を両手で支えることが出来ず、肩と頭で支える羽目になる。それを締まりがいい、などという理由で強いられるのだ。
 頭を強く押さえつけられ、おざなりに振りかけられるオイル。
 その冷たさが、やがて熱に変わるのを身体は知っている。
 ここ数日毎日のように突き上げられているせいで、入り口が酷く傷んだ。自分で治しておけばよかったのに、しなかったのは快楽より痛みを取ったからだと思いたい。
 さすがにクラインも気づいたのか、指の腹で確かめるように撫でてきた。
「治さなかったのか」
 それで少しは優しくしてくれればいいものを、クラインはそのまま乱暴に指を押し込む。
 息が詰まった。
「お前マゾか、痛いだろ」
「あんたが無茶苦茶するから」
 目の奥が滲んで声が震える。
「俺のせい?」
 背後でクラインが笑った。
「酷い状況見せておけば俺がやめるとでも思った?」
 痛くてつらいのはこっちだけだ。クラインには何の関係もない。
 無理矢理増やされた指に奥歯を噛みしめた。
「痛いより気持ちいい方がいいだろ、お前も」
 は、と吐きだした短い息。快楽など欲しくない。
 いらない。
 いらないのに、身体は求める。
「ア、ぁあ」
 短く抜き差しされる指に声が溢れた。
 こうしてまた、何も考えることの出来ない暗闇に堕とされるのだ。
 繰り返される浸食と陵辱。
「お前は涙腺も口も緩いよな」
 そう言って涙に濡れた頬をクラインの熱い指がなぞった。
 溢れた唾液が飲み込まれることなく、喘いだだけシーツとの間に糸を引く。
 指が引き抜かれ、尻に硬く熱いペニスがあてがわれるのが分かった。それは無遠慮にヴァンの身体を貫き、身体の奥へ奥へと侵入してくる侵略者だ。その瞬間に耐えようと、身体は強ばる。
 それはまるでクライン自身を拒絶するかのように。
 だが、無情にもクラインのそれはあっさりとヴァンの肉をかきわけて、身体の内側へと入り込んでくる。内臓がせり上がってくる感覚。他人の熱が身体の内側を焼く感覚。それは酷く不快で吐き気を誘う。
「う、ア、あ」
 何処まで入っているかなんて想像したくもないほど、身体の奥深くに突き刺さる熱。酷く苦しいのに、肉を擦る感触に喘いだ。背中でついたクラインのため息で、それが自分の中に全部入ったことを知る。
 すぐにそれはゆっくりと音を立てて引き抜かれていく。ぎりぎりまで引き抜かれて、そしてまた奥へ奥へと突き入れられるのだ。
 身体の内側を浸食される行為。
 それなのに、身体はそれ以上の快楽を求め、無意識に腰を振る。
 波打ち際のように寄せては引いて、寄せては引いていく苦しさと熱に頭を振った。
「お前もう尻に何か入ってないといけないだろ」
「…んなこと」
 ない、と言いかけた言葉は乱暴な突き上げで悲鳴に変わる。
「あぁ、違うな。もう尻じゃないといけない、か」
 触られもしないペニスが我慢できずに零した染み。
 硬く勃起したそれは快楽を得ている証拠だ。
「お前知ってる?」
 クラインのリズムに合わせてベッドが軋む。
 その音は二人の行為を咎めるかのようにただ無機質に響いた。
「尻だけで何度いってるか数えてみる?」
「や、ぁ」
 囁かれるような言葉に震えた。
 ここまでくると、何をされても快楽になる。きっと傷口を抉られても、悦んで射精してしまうだろう。
 クラインの動きが速くなる。それにあわせて後ろ手に縛られた腕を強く握られ、酷く中途半端に身を起こしたまま尻にクラインの腰が打ち付けられた。
 墜ちていく。堕ちていく。
 奈落の底へ。暗闇へ。
 救いの手すら届かない、深淵へ。
 強く深い快楽は、射精することで解放してはくれない鎖だった。続く長い刺激は、狂いそうになるほどに強い。先端から溢れるように零れていくのが、射精なのかどうかも分からないまま、突き上げられる尻への刺激だけでただただ馬鹿みたいに垂れ流す。
 腰の裏側にたまった熱が、全てを飲み込んでいく。
「う、あっ、だめ、だ」
「ダメとか聞き飽きた」
「やめっ」
「本当にやめる?」
 もうちょっと。
 はっきりとした、刺激が欲しい。突き抜けるような、それでいて、意識すらも飛ばしそうなくらいの強い刺激が。
「いき、たいっ」
 お願い。いかせてください。
 無様にそう何度も繰り返した。
「垂れ流してんじゃねぇか」
 笑いながら太ももを掴まれて脚を大きく開かされる。それだけで背中が反った。
 僅かに足りない刺激に涙が溢れる。
 飲み込めなかった唾液が絡んで唇の端を伝った。
「擦って、触って」
「いつのまにそんなおねだりを覚えたんだか」
 待っていた刺激を与えられると、短い悲鳴が喉から溢れた。
 すぐに視界が滲んで、噛み合わない歯ががちがちと音を立てる。
 


「いっちまえ」 
 耳元でクラインが囁いた。

 

 

 

End