Distant Memory

 



※バタリア戦役。闇の王が初めてノルバレンに攻めいった際の事。史実ではありません。一応本筋を守りつつ適当にねつ造しています。



 20年前、水晶大戦。
 始まりはバタリア戦役。各地の獣人を従えた闇の王が、彼らを率いてノルバレンに攻め入った。
 バタリアが闇の王の手に落ちるとすぐに、各地で獣人軍が一斉蜂起し、ヴァナディールは戦乱の時代へと突入する。突然の戦争の幕開けに対し後手にまわらざるをえず、戦線の主力であったノルバレンを失ったサンドリア王国は敗退を繰り返した。
 このままでは獣人軍に滅ぼされると危惧したジュノ大公が提案したのが、四大国家の歴史的和解策。獣人軍に対抗するため、四カ国が共同で打ち立てたアルタナ連合軍は、獣人軍に対し巻き返しを図ることになる。
 バタリア戦役から約1年後、歴史的なジュノ攻防戦で初の勝利を収めたアルタナ連合軍は、翌年のザルカバード会戦で辛勝し、ズヴァール城を陥落せしめた。2年にわたる大規模な戦争の、事実上の終結だった。
 だがその際に払った犠牲は、歴史の闇へと葬られる。
 
 当時、神学生でありながら多くの少年兵が自ら志願し、戦争に参加した。
 戦争がなんたるものかも、分からずに。
 ただ、自分たちの祖国を守ることが、全てだった。武器を取らねば、待ち受けるのは死、死にたくない一心で武器を取り、騎士団と共に祖国を守る戦いに明け暮れた。
 そして何人もの同胞の散った命をこの目で見た。
 戦っても死、戦わざれど待ち受けるは死。それに気付いたときには、後戻りすることも、先へ進むことも出来ない場所に足を踏み入れていたのだと思う。待ち受ける暗雲立ち込む未来など、恐ろしくて目を向けることすらできなかった。
 もう祖国のためですらない。
 ただ、今を生き残る為に、必死だった。
 そのためにはともに戦ってきた仲間すらも、時として疎ましく思えてしまう、その現実が耐え難い苦痛だった。生き残るために欺き、裏切る。理解できるだけに誰もそれを咎めることはできない。
 たくさんの裏切りを予感した。
 そして、裏切った。

 アルタナ連合軍の結成はサンドリア王国にとって光明だった。
 バタリア戦役敗戦後、すぐにジャグナーの戦いで再び敗北した祖国サンドリアは、滅びへの階段を駆け上がっていたように思う。各地の敗戦を耳にするたびに、いつどうやって死ぬのかを考えていた自分にとって、それはまるで遠い話で現実味のないものだった。

 死ぬときは一人がいい。
 ゆっくりと、体中の血が流れて地面に染みこんでいく様を何度も想像した。
 その場所はジャグナー森林だったり、バタリア丘陵だったり。古墳の奥深くか、それとも、故郷の森ロンフォールか。
 夕焼けの赤に染まる眼前は、まるで血のようだった。死んでいった仲間から、なぜおまえがまだ生きているのか、と言われているようで嫌いだった。
 けして死にたかったわけではない。
 死にたくないから裏切ったのに、この頃考えていたことと言えば死ぬことばかりだった。

 それなのに。

 ジュノ攻防戦で、沢山の獣人達の死体と、連合軍の死体が折り重なる景色を見た。
 立ち上るのは血の香りのみ。呻き声すらない、死体の群れ。
 そこでは誰も生きてはいないのだ。なぜだ。

 自分以外全てが無言の骸だった。なぜまだ生きている。

 天に向かって大声を張り上げた。それは意味をなさないただの咆哮。
 けして勝利を叫んだわけではない。
 何も生み出さない、この静寂を。

 ただ、打ち壊したかったのだ。



 唸り声にも似た、自分の低い声とヴァンの切羽詰まった声で目が覚めた。
「アニス、大丈夫?」
 目を開けるとヴァンが酷く心配そうな顔で覗き込んでいた。
 深いため息を一つ。額から、背中、胸元に汗が滴っている。酷い夢だ。いつのまに眠ってしまったのか、着の身着のままベッドに倒れるように寝ていたらしい。
「凄いうなされてた」
 ヴァンの冷たい手が額の汗を拭ってくれた。その手を掴むと引き寄せる。
 小さなベッドに抱き込んで、全ての不安を吹き飛ばすかのように激しく口付けた。ヴァンは少しだけ驚いて、そしてすぐに大丈夫だよ、と背中を撫でてくれた。その小さな身体を下に押し込め、上に乗り上げる。
 捕まえていないと、押さえてないと、どこかへ行って消えてしまいそうで怖かった。心臓の音が聞こえないと、体温を直接肌で感じないと、不安で仕方がなかった。抱きしめたこの手に伝わる愛しさも、全て幻のような気がするのだ。自分以外が冷たい骸だったあの時を思い出すのだ。
 静寂が怖い。
「ちょと、どうし」
 短い悲鳴とともにヴァンの喉が反った。両腕が、拒絶するかのようにアニスの腕をつかむ。
「や、アニス、やめて怖い」
 気がつけば強く押さえつけていた。
 名前を強く呼ばれ、我に返る。肩で息をするヴァン。
「ごめん」
「俺が、分かる?」
 上体を起こし、恐る恐る頬に手を伸ばしてくるヴァン。
 そっと触れる指先はわずかに震えている。その手を取って、手のひらに唇を押しつけた。
「ごめん、分かるよ」
「帰ろう」
 そう言ってヴァンは抱きしめてきた。
「ね、帰ろう?」
 優しい声。
「この時代はつらい思い出ばっかりなんだろ、こんなとこにいたらダメだよ。俺と帰ろ」
 その言葉に涙が溢れた。
「泣かないで」
 ヴァンの唇が涙をすくった。
「どうしても行かなきゃいけない場所があるんだ」
「じゃあついてくよ」


 生きるのだ。生きることを選ぶのだ。
 自らの意志で戦え。待ち受ける未来は死ではないと知れ。
 地に立つ二本の脚が未だあるだろう。
 傷ついた仲間を助け起こす腕も。
 伝えなければならない言葉があるだろう。
 やっと思い出した。

 死ぬことばかりを考えていた自分に、生きる意味を与えてくれた、青き鎧の騎士を。
 そして燃えさかる業火の中、彼の傍らに佇んでいた、雷土を操る黒魔道士の姿を。

 行かなければならない。
 逢わなければならない。

 今の俺が、俺の時代に存在するために。

 

 

Next