Close to you

 




 飛空艇の着水は静かで、何一つ変わらないサンドリアの姿が目の前に拡がった。

 違うのは、雪が降り注いでいることだ。クリスマス前に来た予想外の大寒波で、ジュノ周辺はおろか、サンドリアまでもが雪に包まれた。
 真っ白に染まった街路樹が、いつもと違うサンドリアを演出する。
 白い以外普段と変わらない北サンドリアの町並みを横切って、左手にドラギーユ城を、正面に大聖堂を仰ぐ。風に旗が揺らめく自国の領事館を通り過ぎ、凱旋門をくぐればそこは南サンドリアだ。
 正面に見える競売には、まだ若い冒険者が手持ちの金と渋い顔で商品を見比べている。広場には珍しくバレリアーノ一座が来ていて、通りゆく人に多芸な姿を見せていた。
 少しずつ早くなる足を押さえて、防具屋を、武器屋を越える。
 越えれば、噴水が見えて、左手奥にはよく利用する獅子亭が見えてくる。足並みは軽い。
 その前に、みんなが居た。

「ヴァン、遅い」
 ネコが尻尾を立てて抗議する。隣には赤エルも髭侍も。当然クェスもいた。
 久しぶりに逢うメンバと挨拶を交わす。アニスが戻るまで無期限の活動休止状態だったヴァンは、メンバと顔を合わせるのが3ヶ月ぶりになる。
「飛空艇一本逃しちゃって」
「相変わらずだな」
 ネコがヴァンの腕にしがみつき、また小さくなったね、としみじみと言った。泣きそうになっていると髭侍が頭を撫でてくる。
 みんなはとても優しい。LSの大切な情報を喋ったことを謝ったときも、少し時間が欲しいと言い出したときも、アニスが戻るまで戻らないと言ったときも、笑って許してくれた。
「また、よろしくお願いします」
「大歓迎」
 頭を下げると、ネコがおかえり、と囁きながら頬ずりしてきた。ネコの過剰なスキンシップは今に始まった事じゃなかったけれど、隣の赤エルが少しだけ困ったようにネコをヴァンから引きはがした。ネコの尻尾が嬉しそうに左右に揺れる。
 いつもの光景。いつもの。
 足りないのはアニス。
 やや遅れて居住区方面からカラナックとルルゥが来た。クェスが丁寧にお辞儀したのがみえ、他のメンバは狩り場で逢ったときのように軽く手を振る。
「時間的にはもうちょっとか」
「獅子亭貸し切ってあるよ」
 端末で時間を確認しながらカラナックがクェスを振り返った。頷くクェスを見てヴァンもまた心臓の鼓動が早まるのを感じた。
「お前」
 そんな中、クェスがヴァンを見下ろして怪訝な顔をした。
「なに?」
「なんで今日白魔」
「ヒミツ」
 唇の前に一本、人差し指を立ててヴァンは笑った。
 漆黒の髪が風に揺れる。クェスの視線がヴァンから僅かに動いた。
 その視線の先を、ヴァンも追うように振り返る。

 向こうから歩いてくる人影。

 少しだけ伸びた、見慣れた茶色の髪の一房が、頬の側で揺れる。
 脇に抱えた黒魔道士のコートは見間違うはずもなく。ゆっくりと、だけど確かな足取りで居住区に向かってくる大きな影。
 僅かにやつれた肩。

 アニス。

 伏せられていた視線が真っ直ぐ前を見たとき、アニスは一番最初にヴァンを探した。

 一斉にみんなが手を振った。こっちへおいで、と呼びかける。
 その中、ヴァンは一人駆け出した。

「おい、ヴァン?」
「ごめんね!」

 クェスの声を背中で受けて、ヴァンはそのままアニスに駆け寄って手を掴んだ。アニスは半開きの唇を戦慄かせ、笑おうとして失敗する。その隙にヴァンは凱旋広場の方へ数歩アニスを引き寄せ、何度も頭の中で繰り返した手順通り、ゆっくりと、だが、確実に転移の魔法を詠唱した。

 目の前で光に包まれていくアニスとヴァンを呆然と見送って、クェスはヴァンが白魔だった意味をようやく理解する。
「なんだ、今日のアニスはヴァンの貸し切りだったか」
「なんか当てられた。飲むか」
 アニスのLSメンバが口々にそう言いながら、追いかける気も連絡することさえせず獅子亭へと移動するのを眺め、カラナックはルルゥの頭に手を置いた。
「お前、ヴァンに何を吹き込んだ」
「ヴァンが意外と大胆で驚いてる」
 カラナックはため息をつくと、端末からアニスにテルを送る。


「後で顔出すんだろうな?」


 ああ、後で必ず、そう遠くで聞こえた友人の声は、ちゅ、という僅かな水音で途切れた。



 

 

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