Scourge

 



 どの程度の時間、目を閉じていたか、それとも寝ていたか、気を失っていたか、分からないままヴァンは目眩のする頭を横に振った。日は暮れかかっている。

 既に男達の姿はない。

 戒められた、と思っていた両腕は思いの外単純で、頭上で押さえつけられていた腕を胸の前に持ってくるだけで簡単にほどけた。閉じそうになる瞼を無理矢理こじ開けてなんとか着衣を整えるも、腰に走る鈍い痛みがこれ以上動くことを拒否していた。
 下着の間からゆっくりと零れていく精液の感覚に身体が震える。そんな感覚なくてもいいのに、流れていく熱を呼び覚まされてしまう身体に悪態をつく。

 湖の畔で動けないまま辺りが薄闇に染まっていくのを呆然と見ていた。
 身体が冷えてきて、両腕で肩を抱く。

 このまま全てが冷え切って、死んでしまえばいい。

 ふと、共和国服の胸ポケットに違和感を覚え手を入れると、冷たい指先に皮の感触があった。慌てて引きずり出すと、それは男達が持っていた封筒だった。震える手で急いで封を切る。
 音を立てて中身が腹の上に零れた。
「はっ…」
 思わず笑いが漏れる。
「結局、振り回されてただけかよ」
 こぼれ落ちたのは、ヴァンの画像ではなく見知ったタルットカード。
 かわいらしいタルタルが荷物を持って崖の先端に立っている。一歩踏み出せば落ちるかもしれないのに、彼は笑いながら踊っている。一寸先の闇を見えていないのか、それすら楽しんでいるのか、愚者のカード。今のヴァンにぴったりのカードだった。
「…くそっ」
 不意に零れた涙を必死で拭った。
「俺馬鹿じゃん」
 切っていた端末を通信可能な状態に戻すと、慣れた手つきでクラインをサーチする。クラインがジュノ下層にいることを確認すると、そのままテルを打つ。

「ねぇ、迎えにきて」
『はぁ、何いってんだお前』

 すぐに戻ってくるレス。
「動けねーんだよ、寒くて死にそう」
『…ちょっとまて、お前』
「ごちゃごちゃうるせぇ、いいから来い」
 涙で視界が滲む。


「あんたのものになる」


「なるから、あんたとセックスもするから」
『行く、分かったから。落ち着け』
 不安定に揺れる声。それは不穏な色を含む。


「…お願い、すぐ来て、今すぐ来て、俺を迎えに来て」
 端末に向けて無様に泣き叫んだ。
 迫ってくる闇が、じわじわとヴァンを呑み込んでいく。


 手が差し伸べられるなら、誰でもよかった。
 底なしの沼に沈んでいきそうな身体を、引き上げてくれる手なら、誰のものでもよかった。

 どうしていいか分からなくて子供のように泣いた。どうして欲しいかも分からないまま差しのばされる手に縋り付いた。
 だけどその腕は、自分を底なしの沼に引きずり込んだ手と同じものだった。
 


 

 

Next