Scourge

 


「じゃあオレ先戻るわ」
 急いで着衣を整え、男は暗黒騎士に向かってそう言うと、地面に転がったままのヴァンを見下ろす。
 血の気を失った顔に、月明かりが差し込んでいた。目は開けているが、動く様子はない。
「ああ、後のことは気にすんな」
「あんまこれ以上酷い事すんなよ。ごめんな」
 最後はヴァンに向けて投げられた。僅かに視線が動いたが、男を見上げる程ではなく。そのまま男は足は脂その場を離れていった。
「おい、立てるか」
 男が立ち去ってから、腰を下ろしていた暗黒騎士がため息混じりでそう言う。
 ヴァンは返事をすることなく、腕に力を入れて身体を起こすが、そのまま座り込んでしまう。新しい涙が溢れ、小さく罵ると手の甲で目元を拭った。腰を持ち上げられていたからか、無理な体勢が続いたからか体中が痛かった。
 壁に手を突いて、必死で身体を起こし、壁に背中をつけた所で力尽きる。ずるずる、と鎧が壁を伝った。まるで腰が抜けているかのように力が入らない。
「無理そうだな」
「うるさ、い」
 暗黒騎士は立ち上がると、ヴァンの腕を無造作に握って持ち上げた。
「お前レンタルハウスはジュノか?」
 その言葉の裏を考える暇なく、男は少しだけいらっとした様子で声を荒げた。
「どこだ」
「上層」
「じゃあ選べ」
 暗黒騎士はヴァンの顎を掴むと、唇に自分の唇をギリギリまで寄せた。
「ここでもう一度やられるか、部屋で優しく抱かれるか」
「選択肢はそれだけ?」
 深い絶望の色をたたえた瞳が潤む。掠れた声でヴァンがそう問うと、暗黒騎士は驚くほど甘いキスを仕掛けてきた。下唇を軽く啄まれ、舐めるように唇を何度も重ねられる。女の子のような柔らかい唇でもなければ、瑞々しい潤いもない、堅く薄い唇。吸い上げられ、舌で熱まで舐め取られる感覚。
「ア、…ん」
 背筋に軽い痺れを感じ、声をあげてから、恥ずかしさに目を閉じた。暗黒騎士が微かに笑った雰囲気を感じ、その唇が耳に寄せられる。
「どっちも嫌、と言うかと思った」
 囁かれる声は余計な震えを生んだ。背中を壁に押しつけられ、腰を抱えられる。太ももの間に暗黒騎士の膝が割って入った。そのまま膝を股間に押しつけられ、鎧で隠されていた僅かに膨張していたものがばれた。
「キスで興奮した?」
「ちがっ」
「まあいいけど。どっちにするか選ばせてやるっていってんだ」
 そう言ってヴァンの下半身に手を伸ばし、軽く包み込むように刺激した。予想外の刺激にヴァンの喉から高い悲鳴が洩れる。思うように動かない体、ヴァンは自分が震えているのだと、その時初めて知った。
「答えないならこのままいれる」
「ヤ、いや。やめて、お願い。いれないで」
 先ほどの強烈な痛みを思い出し、思わずすすり泣いた。鼻の奥がじん、と熱を持ってぼろぼろと涙がこぼれる。暗黒騎士は少しだけ顔を顰めるとそのこぼれた涙を唇で吸い上げ、閉じた瞼に口付けた。
「っと、あぶね」
 腰を引き寄せられて膝が抜けたヴァンを慌てて抱えると、暗黒騎士は自分の肩にヴァンの腕を回した。ひとつため息をつくとゆっくり歩き始める。
「も、しないから、許して」
「ああ?」
 競売前で、震える声がそう言った。
「横から手出しして、ごめんなさい」
「「ひとのものに てをだしたら どろぼう」ってばあちゃんに言われなかったか?」
「ばあちゃん、俺生まれる前に、死んで」
「そんなこと聞いてねえ」
 暗黒騎士は盛大なため息をつくと、ジュノ下層のレンタルハウスに入った。ポケットからカギを取り出すと手慣れた動作で扉を開ける。その様子をヴァンはぼうっと見ていた。そこが自分の部屋ではない、と気付いたのは、無理矢理部屋に押し込まれた後、力ずくでベッドに押さえ込まれてからだった。




「やっ、め」
 乱暴に肩当てを剥ぎ取られ、青い鎖帷子が乾いた金属音を立てて床に落ちた。
 身体にのし掛かられた状態ではろくに抵抗すら出来ず、思わず伸ばした腕で男の頬をひっかく。
「いってえな」
 目を細めて男はヴァンを睨み付けると、両腕をまとめて押さえつけ器用にベルトで頭上に固定した。そのまま固定したベルトをヘッドボードの端に引っかけて締め上げる。男の腕に力が入り、は、と息が零された。手首に食い込む革ベルトの感触を実感して背筋が氷る。
「口開けろ」
 顎を掴まれてまたじわりと涙が滲んだのが分かり、ヴァンは顔を男から背けた。それを無理矢理戻すと、男が口付けてくる。言われたとおり小さく口を開くと、咥内に舌が差しいれられた。
「ア、…ンふ」
 咥内を舐めとられる感覚に思わず声が漏れる。
 少しだけ酒の味がする、熱い舌。甘い痺れが、ヴァンの正常な思考を奪っていく。
 男の顎を掴んでいる手とは逆の手が、下半身をまさぐる。ズボンをずらされ、薄い茂みをかきわけ萎えたペニスを掴まれた。先端を緩く擦られ、腰が跳ねる。あり得ないような状況で、無骨な男の手中で大きくなる自分自身にヴァンは首を振って抗った。
「やめ、さわ、ん、な」
「お前さ、戦士だろ。もうちょっと肉つけろ」
 余計なお世話だ、と言いかけた口は、男の唇で塞がれた。唇はすぐに離され、それが反論を阻止するための行為だと理解した。
「なんで、こんな」
 顔から離れた手が、尻を撫でた。先ほどまで別の男のものを受け入れていた場所を指先で軽く撫でられ、思わず身体が強張る。
「あいつなかで出したのか」
「なか?」
 男は自分の指先をぺろりと舐める。浅黒い、肌と対照的な赤い舌が艶めかしく映った。
 ヴァンがその舌に気を取られている間に、男は舐めた指をヴァンの中に半分ほど埋め込んだ。飛び跳ねる小さな身体と、息が詰まったような悲鳴。腕を拘束している革ベルトがギシリと軋んだ音。ゆっくりと指を動かせば、先ほど中で放たれたものが指にまとわりつく感触。中をひっかくように指を曲げると、クチュリと指を伝って溢れる。
「あ、ア。あ」
 顔中を涙で濡れさせてヴァンは首を横に振る。頭上に戒められた腕の筋が浮き彫りになり、震えていた。
「あんま握りしめるな、爪が食い込んでる」
 ゆっくりと指を押し込みながら、堅く握られた拳をほどいていく。長めの睫にたまった涙を唇で吸ってやると、スン、とヴァンは鼻をすすった。そのまま唇に口付けて、舌を絡めてやると、思いの外素直な反応が返って来る。零れ出た精液を指に絡めて、横からもう1本、押し込んだ。
「ひぅ」
 ぼろ、っとまた涙が溢れたのが分かった。
 我慢することに決めたのか、それとも諦めたのか、強い抵抗はもう見られなかった。なるべくほぐすように指で中を刺激すると、ぬるぬるとした内壁が指を締め付ける。その感触がたまらなくいい。指を引き抜くと、物足りなさそうに腰が揺れた。
「力抜いて」
 ヴァンの大きな目が開かれた。
 腰を僅かに持ち上げて、先端で肉を割った。指とは比べものにならないもので押し広げられる痛みに、ヴァンの背中が弓なりに反り返る。
「や、あああああっ!」
 引き裂かれる痛みに叫んだ。
「せま、い、な」
「いたっぁ、ァアッ…っう…!」
 当たり前だ、そこはそんなモノ入れる場所じゃない、と言いたいのに言葉にならない。先ほどは感じなかったずぶずぶと内臓を擦りつける感触に身を捩った。男が顔をのぞき込んでくるため、腰が自然と持ち上がり、挿入の角度を変えた。
 その瞬間、目の前が真っ白になった。
 何かを理解した様子で男が腰を軽く揺する。ある一点を擦られた瞬間、目の前が弾け、全身を駆け抜ける痺れ。
 声も出なかった。
 男の手のひらに吐き出された白濁の液体を見て、射精したことに気付いた。唇が戦慄いた。擦られていたわけでも、刺激を受けていたわけでもなく、ただ握られていただけなのに。
「お、イった」
「あぁ」
 急激にヴァンの身体から力が抜ける。それを見計らって男は突き上げた。そこから逃げようと上がる悲鳴に唇を寄せる。
「い…あ…ア…っ」
 ベッドの軋む音と、繋がってる場所から洩れる粘着質な水音が部屋に響いた。
 その後はただ腰を掴まれて揺さぶられ、その動きにあわせて自分の足が目の前で揺れた。目は開いているのに、目の前に何があるのか、男の顔すらも頭に入ってこない。ただただ、目の前で揺れる自分の足が、何度も何度も繰り返される動画のようで現実感がなかった。



 どうやって自分のレンタルハウスにたどり着いたか、記憶などなかった。
 レンタルハウスのドアにもたれたまま、気を失っていたらしい。家に入った瞬間、緊張の糸が切れたのだろう。立ち上がろうとして腰に響く鈍い痛みに全てを思い出す。小さな窓から差し込む日の光は、かなり日が高く昇っていることを表していた。
「気持ち悪い」
 誰に聞かすわけでもなくそう呟いた。掠れた声に自分で驚く。
 足下に散らばった自分の持ち物。羽織っただけの服。見渡せば間違いなく自分の部屋だ。
 抱えた膝に落ちた涙を慌てて拭った。拭った時に、手首にしっかりと付いた拘束の後を見て色々なものがこみ上げてくる。
「くそ」
 冒険者用の端末機に、いくつかの新着メッセージがあることを告げるランプが点滅していたが、開封する気力もない。次の招集の話か、それともメインのLSの誰かか、はたまた友人の誰かか。這いずるように狭い部屋を横切ってベッドに倒れ込んだ。
 目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。
 今は寝よう。

 次に起きたらきっと忘れている。
 これは悪夢だったのだ、と。


 

 

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