Saturday-Night Fever

 



「オッハー!ニャ!」

 鍵を掛けない男である俺の部屋に、堂々と入り込んでくるネコの声で目がさめた。
 頭痛ぇ、と思う前に隣を手で探る。温かい肌に指先が触れて安心すると共に、人のシーツを抱え込んですやすやと夢の中に居るそいつに無性に腹が立った。腹冷えんだろが、クソ。
「いやニャー、ふけつニャー」
 相変わらずコッチの都合なんてお構いなしにネコは騒ぎ立てる。中々開かない目をようやく開いてそっちを見れば、珍しく赤魔道士のいでたちで突っ立っているネコが目に入った。正直な話し、寝起きと近眼のせいで殆ど見えてない。赤魔道士、というのもなんとなくだ。赤いし。
「ハイニャン、ふつーおんなのこがきたら前くらい隠すニャ」
「堂々と朝男の部屋に入ってくるお前はなんなんだ」
「うちはいいニャ。ハイニャンのモリオンワームなんてもう見慣れたニャ」
 …ネコ。思わず口に出た。
「お前アホだろ」
 見慣れるほどこいつは俺の部屋に来ていたか、とか、いつからの付き合いだったか、とか考えたが寝起きの頭で明確な回答を得られそうにない。そうでもなくとも深酒をして寝入ったのは明け方だったというのにだ。
「らんちゃんほどじゃないよね」
 頭を抱えると、突然となりから声が聞こえた。

「あっ、たまちん、オッハー!ニャ−!」
「オッハー!」

 あれだよな。おまえら何気なく手振ってるけどよ。
 毎回思うけど、ないよな。あり得ないよな。
 オッハー、が【こんにちは。】だったらどうすんだ。たまちんこ、だぞ、わかってんのか?
 そんなこと知ってか知らずか、ネコはオーバーアクションで目の前にいるタマちんこ(小)に大きく手を振った。
「で、朝っぱらから何の用件だ」
 馬鹿みたいに手を振り合ってるアホどもを横目に床に落ちた服を拾い上げる。

「用件忘れる所だったニャ」
「お前アホだろ」
「らんちゃんほどじゃないよね」

「…お前らまとめて表に出ろ」

 頭痛が二割増しになったのは気のせいじゃない。

「ハイニャン朝は低気圧なのニャ」
 肩に届かないボブカットの金髪を揺らしてネコは嘘くさい泣き真似をした。
 残念な事に、みてくれだけは他のミスラに比べると群を抜いて可愛い癖に、口を開けばコレだ。一般的な喪男の「萌え」対象とされる語尾「ニャ」を完璧に使いこなすのに頭の中はコレだ。
 残念すぎる。
 リコポディウムみたいに脳みそに花でも咲いているんじゃねぇのかと疑いたくもなる。
 そういえば今の話しに全然関係ないが、他国のフレが「俺の国では文章でミスラの鳴き声を表現するときはMeowと書く。だが俺はお前の国のNyaを断然支持したい。きっとこの気持ちがお前らの言う「Moe」なんだ」と力説していた。真夜中も真夜中。深夜にこんな事でテル入れてきたコイツもアホだが、付き合って全部聞いた俺も相当アホだ。
 サイドボードに無造作に放り出していた煙草を引き寄せて火を付ける。
「で、用件」
「そうでしたニャー」
 そう言ってネコは腰に留めていたシンプルなレイピアを颯爽と引き抜くと、狭いレンタルハウスの天井に向けて振り上げた。幸いタルタルサイズのレンタルハウスではなかったから、小柄なネコのレイピアは天井を掠めることなく真っ直ぐに天を仰ぐ。
「ニャーン!」
 視線の先をレイピアの切っ先に向けていると、ネコはタバードのポケットから何か小さなものを取りだした。そのレイピアはなんだったんだ、とか思ってはいけない。深く考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しいからだ。思った通りネコはレイピアを下ろすと、手のひらに握られた小さなダイスを俺とタマに向かって突きだした。

「うちは大海賊になるニャ!」
「ガンバレよ」

「…ニャーン」
 あっさり会話を打ち切ると、ネコは耳をぺたんと倒してがっくりと肩を落とした。尻尾だけがゆらゆらと所在なさげに揺れる。
「違うニャ!そうじゃないニャ!」
 だが次の瞬間耳も尻尾もぴん、と立てて憤慨するネコ。
「ちゃんと人の話は最後まで聞くニャ!うちはコルセアのレベルをあげるニャよ、タマちんもハイニャンも一緒に何かやるニャ。そんでうちを経済的に助けるニャ」
 本音は間違いなく最後だ。絶対にそうだ。
「めんどく」
「あ、じゃあ俺狩人やりたい」
 めんどくさい、と言いかけた台詞を遮って、タマが目を輝かせてそう言った。
 エー。
 勝ち誇ったようなネコが、腰に手を当てて俺を見下ろして言った。
「ハイニャンは何にするニャ?」


「俺はパス」


 取り繕うか、とも思ったが変に気を持たせるのも悪い。そう思ってはっきりと断った。振り向いたタマがあからさまにしょげかえった様子で俺を見上げる。ネコも何も言わず俺を睨んだ。
 なに、おまえらその顔。なんなの。
「いや、これといって特にあげたいものないし。でも一緒についてってやるから」
 煙草を灰皿に押しつけて、タマの頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
「必要ならケアルするし」
 なんで俺必死になって言い訳してるの。
 納得出来ないのか複雑な表情の二人。いいから空気嫁よ。レベル上げとか何年やってねぇと思ってるんだ。今更いい顔して「宜しくお願いいたします^^」とか「お疲れ様でした^^」とか俺にやれってのか。
 無理に決まってんだろが。
 マジで無理。想像してみろ。
 俺がパーティの雰囲気に耐えられるわけがないだろ。

「あと、俺トイレ近い狩り場じゃないとダメだからパーティ無理」

 そう言ったら、二人とも俺に可哀想な視線を向けて一瞬で納得した。
 …おまえら表に出ろ。

「とりあえずお前はさっさとハンターロール覚えてこい。話しはそれからだ」
「イ、イエスニャー!」
 ネコを指さすと、びしっと姿勢を正したネコが額に手をかざした。
「早速行ってくるニャ!数時間後にはハンターロールニャ!首長いまま洗っても洗わなくてもいいから【まってろ】ニャー!」
 慌ただしくネコは部屋を出て行き、後には静寂と残された俺とタマ。

「らんちゃんはしないの」

 俺に背中を向けてタマはそうぽつりと言った。
 薄いシーツ越しに肉付きのいい尻が俺の方を向いている。これは触れ、という誘いなのは確定的に明らか。吸い寄せられるように尻に手を添えて、囁くようにタマの耳元で言った。
「おまえらを見てるわ、そっちの方が面白そうだし」
 手のひらで音が鳴るほど鷲掴みにした尻をむにむにと揉みしだく。弾力のあるいい尻だ。顎を振り向かないタマの肩口に乗せて、もう片方の手を残念なリトルワームに添えた。
「お前がミミズに掘られるのを見てる」
「へんたい」
 首筋に唇を落として、軽く音を立てて吸い付く。昨夜残した痕が強く残る首筋。
 揉んでいた尻から手を放すと、うつぶせにさせてみる。僅かに足を開かせ、尻だけ上げさせた。後ろから見れば、開いた脚の間からリトルワームが目を凝らせば見える、そんな体勢。
 明け方まで繋がっていた場所はまだ柔らかい。指を当てて擦ればすぐに飲み込まれそうだった。
 タマはシーツに頬を押しつけて、四つん這い、というよりは尻だけを高く上げた恰好で大変エロイ。眼下に広がるむっちりとした尻。
 これぞ眼福。
 尻たぶを割ってその間に俺のサンドウォームを擦りつけると、タマの腰が誘うように揺れた。
 ぱいずり、ならぬ、尻ずり。
 そんな言葉があるか知らないが。てか、挟めないんだが。
 てか、擦りつけているだけなのにタマは何故か興奮し始めて、尻が勝手に上下に揺れ始めた。自分で自分のリトルワームに手を伸ばして扱きだし、それにあわせるようにして尻が激しく揺れる。
 吐息に混ざる短い喘ぎ声が結構くる。
 尻だけあげてオナニーとか、マジくる。

「あ、あっ、おれ、もう」

 ちょwwww【とまって!】wwwwwwww
 まだ30秒もたってねぇからwwwwwwwww

「待てって」
 思わず芝を生やしつつ擦り立てるタマの手を掴んでベッドに押しつけた。揺れる尻に指を這わして、些か乱暴に指を差し込み尻穴を拡げる。
「まて、な、…いっ」
 拳に力が入って、揺れたリトルワームの先っぽから白い糸がシーツに零れた。一瞬考えて、すぐにそれを放棄して、腰を抱えなおすと勢いをつけて柔らかいそこに突き立てた。
 沈んでいく俺のサンドウォーム。
 まるで押し出されるかのようにリトルワームから溢れる消化液弾。
 うは、伝説の「Tokoroten」きた、とか喜んでいる場合ではない。身体を大きく震わせて、腰を突き出す度にゆるゆると先端からシーツに零れる精液。まるでおもらしのようだ。短い途切れるようなタマの声が止まらない。背中に口付ければきゅっと締め付けられた。
「ね、あ、ぁ、らんちゃん」
「ん?気持ちいいもっとやれ?」
 良さそうな部分を重点的に擦りつければ身を捩って喘ぐタマ。
「ひ、ぁ、そ、じゃな、くて」
 身体を捻ったまま、タマは俺の腕を掴んだ。
「そ、」
「そ?」


「らんちゃん、ネコともこんな関係なの」
「ねぇわwwwwwwwwwwwwwwww」

 思わずさっき生やして刈り取ったばかりの芝を生やした。
 誰が、誰の。俺があの乳くさいミスラと。動きも止まるわ。

 笑いのツボ、だったわけではなかったが、あまりにもの突拍子のない発想に笑うしかなかった。確かに下半身は比較的フリーダムで生きてきたが、ネコとは長い付き合いのなか一度も男女の関係に発展することはなかった。それこそお互いの部屋で朝まで飲み明かしても、酔っぱらってパンツ見えてても、頭だけじゃなく乳にも栄養行ってねぇのか可哀想に、と思うような貧乳が見えててもそんな気分になったことはなかった。
 …今思うと結構勿体ないな。
 いやいや。でも多分乳揉ませろ、と言えば1回5万ギルニャ、と返されるだろうし、パンツみせろと言えばいつも見てるニャ、と言いながらあのタバードの裾をめくってみせるだろう。別にそんなこと望んでいるわけではないのだが。
 そこなのだ。結局の所、お互いそんな関係を望んでいないのだ。

 ネコの事を否定しても、タマはきっと信用しないだろう。
 本当に今はお前だけなのにな。少し前からずっとお前だけなのにな。
 あの日、混線した電波がお前と運命的に繋がってから、俺はお前としか繋がってないんだけど、こういうのどうやって言葉にすりゃいいんだろな。

「だって、らんちゃんの見飽きたって」
「見慣れた、だろ。ねつ造すんな。朝起こしに来るからそんときみてんだよ」
「包茎はかくしたほうがいいよ」
「喧嘩うってんのか。あと仮性な」

 尻を叩いて内側から引き抜く。
 小さく声を上げたタマを転がして、仰向けにさせてもう一度覆い被さった。何か言いたげな視線を意図的にかわして口付ける。

 どうせ、おれにはらんちゃんしかいないから、とか言うんだろ。
 俺もだよ、わかってんのか。俺にもお前しかいねぇんだよ。
 偶然繋がった何処に伸びてるかも分からない細い糸の先を、俺は今でも必死で握ってんだよ。お前こそどうなんだよ。


 ゆっくりと動き出した身体と身体の先で、珍しく空気読んだネコからのメッセージが淡く点滅していた。



 

 

End