Seasoning/Onslaught

 




「そんな沢山作ったのに俺の分は無いのか」
 いつの間にか顔を覗かせたツェラシェルがそうぼやいた。
「うん、これはカデのだからね」
 色々な含みのある言葉だった。俺は否定も肯定もせず、曖昧に笑ってみせる。
「つぇら、ちょっとカデのにもつおおいから、へやまでおくってあげてよ」
 焼きあがったばかりの二種類のマフィンから、色の薄いほうだけを抜き取ってユキは俺に手渡した。残された濃い茶色のマフィンと、俺の手元にあるパママ色したマフィン。
 なんとなく分かった。これが愛情という調味料なのだ。甘いものが苦手な、この部屋の主のためだけに作られたマフィン。
 俺は礼を言って部屋を出る。確かに一人で持てる量には限りがあり、先ほど買い物に行って買った必要なもの、食器だったり色々をツェラシェルに持って貰って自室へと帰る。鍋は俺が持った。
 道中何度も口を開きかけては閉じるツェラシェルに、少しだけ意地悪な視線を投げかけてみる。
「今日は、あいつの誕生日かなにかなのか」
 観念した様子でツェラシェルはそう言った。
「違うよ」
 今日は俺が初めて料理をした日だ。
 ツェラシェルはそうか、とだけ言って黙った。
 自室の近くにまで来ると、部屋の前に見知った顔が心配そうな表情で立っていた。俺が呼びかける前に隣のツェラシェルが小さく声を出した。その声が届いたのか彼は、レヴィオはこちらに気付いた。
「カデンツァ」
 名前を呼ばれる。その声には安堵の響き。
 多分市街戦が終わったのに帰ってこない俺を心配したのだろう。レヴィオの視線は俺から鍋、そしてツェラシェルに向けられた。立ち止まった俺を置いてツェラシェルはレヴィオに近寄って持っていた荷物を差し出す。
「カデンツァの荷物。多いから持っていってやってくれと頼まれた」
 彼らはそこで小さく一言二言かわし、ツェラシェルは持っていた荷物を全てレヴィオに渡すとじゃあな、と片手を挙げた。
「ありがとう」
 俺がそう声を掛けるとツェラシェルは少しだけ困ったように笑った。
 立ち去っていくツェラシェルの背中が見えなくなった頃、ようやくレヴィオが詰めていた息を吐き出す。
「心配、した」
 ごめん、そう謝るとレヴィオは首を横に振った。
「レヴィオ、これ」
 腹は減っているか、そう聞きたいのに言葉がなかなか出てこなかった。レヴィオはゆっくり俺の言葉を待ってくれる。どう言っていいか分からなくて、ストレートに言った。
「食べて」
 レヴィオは受け取った食器の入った荷物と俺の持つ鍋を交互に見て唇を戦慄かせた。言葉を紡ごうとして開かれた唇は、何度も閉じられては開かれる。
「食べて欲しい」
 レヴィオに食べて欲しい。俺が、たった一人のためだけに作った料理を。
 俺の言葉は言いたいことの半分も紡げなかったけれど、レヴィオは何度も頷いて、そして顔を片手で覆った。
「ねえ、食事にしよう」
 テーブル囲んで、ジズの煮込みを食べよう。
 俺と食べよう。
 今更だけど、色々分かった。
 一緒に食事をする意味や、テーブルを囲むその意味を。
 レヴィオは何故か目に一杯涙をためて笑って頷いた。



 

 

End