Ratsbane/Onslaught

 






 マクヴェルという男と知り合ったのは数ヶ月前。
 彼も俺も、ジュノで叫ぶアポリオン攻略募集に集まったメンバの一人だった。
 慣れていない主催者に的確なアドバイスをしつつ、過去類を見ないほど順調に攻略したことを今でも覚えている。
 その時に、彼が小規模ながらもリンバス攻略の団体を運営していることを聞いた。

 何をどうしたらこんな愛想のない青魔道士に声をかけてくれるのか分からないけれど、それが縁で彼から何度もリンバスに誘われた。だけど色々な事情があって定期的に活動する団体に所属出来ない事を説明し、結局断った。
 彼は残念だね、と引き下がったかのように見えたけれど、暫くして彼の運営する団体の活動とは別に、不定期でリンバスに誘ってくるようになった。
 俺は青魔道士。時間なら余ってた。
 飢えの周期以外で、断る理由などなかった。

 俺がリンバスにこだわる理由はひとつ。
 その世界に封じ込められた試作生体兵器の一部組織を、研究のために欲する人がいる。研究者は、その危険な収集作業の見返りに、アトルガン地方の美しい装束をくれると言った。
 きっと君の助けになる。
 そう言って見せてくれたアトルガン地方の装束は素晴らしく、装飾もさながら、丁寧に鞣された深紅の皮の美しさは言葉に出来ない。それが一揃い、欲しかった。そのためには、アポリオンの中心で待つ、試作生体兵器プロトオメガの組織がどうしても必要だったのだ。
 幸いなことにその不定期な誘いにのって中央への扉を開くための鍵であるチップを入手したり、たまたま知り合いと通して人が足りないところへ下心つきで応援に行ったりすることで、順調とは言えないまでも組織は少しずつ揃っていった。当時はさしたる情報も揃っておらず、まだ多くの冒険者が手探りだった事もあって、中央経験者は優遇されたのも運がよかった。
 それでも、心臓だけは手が届かなかった。
 心臓部分はいわば核心。
 再生前の原形をとどめた状態であることの方が少なく、再生を待てばオメガは起動してしまう。ギリギリの戦闘の中で、コア部分をどうこうしよう、などと考えられる余裕はあるはずもなく、機能を一時停止したオメガに恐る恐る近寄って、何度も落胆のため息をこぼした。
 応援として呼ばれるところでは、当たり前だけれど必ず心臓部分は他の希望者がいて、心臓以外のであれば好きに持っていってくれてかまわないから、という言葉は俺に虚しく響いた。

 今思えば何故ここまであの深紅の革鎧にこだわったのか、正直分からない。
 ただ、残念な事に俺の筋肉では重い鎧を着込んで戦う事は出来ないし、それ以上に、身体の一部を明け渡すときに、金属鎧では不都合が多すぎた。あの革鎧は、そんな俺が望んだ理想のものだったのだ。

 もう二桁に届きそうな程になる、かき集めたチップで挑むプロトオメガ戦。
 心臓は無残にも崩れていて、また次頑張ろう、と慰めの言葉をくれたマクヴェルに力なく返事をした。その時に、後ろから抱きしめられた。他のメンバがそこにいたかどうか、もう忘れてしまった。
 唇を首筋に当てて、彼は一言、元気出せ、と囁いた。

 終わった後、連れられるままに彼の部屋で酒を飲み、そして抱かれた。
 何度も耳元で囁く言葉は愛の言葉ではない。
「必ず取ってやる」
 それは誓いにも似た約束。
 重ねられた手、絡められる指。目を閉じて、唇の感触だけを知る。
 何度も重ねた身体。そのたびに必ずと繰り返したマクヴェル。
「お前が欲しいものは分かってるから」

 そんな約束、忘れていた。

 まさか、本気だったなんて、思いも寄らなかった。


 

 

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