No good news today/Onslaught

 




 事が終わり、疲れた身体を横たえて迎える束の間の休息。
 いつも通りなら一眠りして風呂に入る。腕の中に収まった小さな身体。カデンツァは俺の腕を枕に微かな寝息を立てていた。剥き出しの肩が冷えてはいけないとそっと掴んで自分の方へと抱き寄せると、カデンツァは俺の胸でくしゃみをひとつ、した。
「寒かったか」
 遅かったか、と思いもう一度温めるように肩を抱き寄せると、カデンツァは苦しそうに俺の胸から顔を上げた。軽く鼻を鳴らし、大きく息をすると目を閉じる。
「いや」
「どうした」
 頭を撫でてやると、カデンツァは言いにくそうに口籠もる。訝しげに覗き込めば、観念した様子で俺から目をそらし、小さく言った。
「胸毛が」
 もの凄い勢いで奇声をあげてベッドの上で転げ回りたい衝動に駆られた。
 確かに俺はそれなりに毛深い方だ。腕や足、その胸毛も、下もそこそこにある。だがカデンツァと言えば、出会った頃から生えそろっていないと思っていたほど体毛が薄く、成長してもそれは変わらなかった。どこもかしこもない、今も全く変わらない。そういう体質なのだと思いつつも、カデンツァと比べればサルタバルタとユタンガ大森林だ。
「今にお前もこうなるんだよ」
「え、いやだ」
 あっさり拒否されて目頭がじんわりと熱を持った。
「いや、その、そんなに、なくていい」
 遠回しな拒否に気付いたのか、取り繕う言葉。俯いて小さくなる声が耳に届いた。
「一回剃ったら、って、あぁ」
 一度剃れば次は濃くなって生えてくるとか言うじゃないか、と言おうとした言葉は、嫌な記憶を呼び覚ます。カデンツァも同じだったらしく、完全に俺から顔を背けてしまった。
「嫌なこと、思い出した」
「うん、俺も。ごめん」
 無言になってしまったカデンツァを引き寄せて強く抱きしめる。
「絶対あれのせいで俺は毛薄いんだ」
 逆だろ、とかそれはない、とかもともとないだろ、とか思ったが口に出すのはやめておいた。だけどカデンツァには触れあった肌から全て余すことなく伝わってしまったらしく、思いっきり胸毛を数本掴んで引っ張られた。情けない悲鳴を上げるも、カデンツァはやめる素振りはなく、俺は音を立てて引き抜かれていく胸毛をただ見送るしかなかった。
 数十本抜いて満足したのか、カデンツァは引き抜くのをやめ、今度は首に手を回して抱きついてきた。どうした、と声を掛けるも、無言のまましがみついてくるカデンツァの背中を優しく撫でる。
「もう剃らないで」
「そったりしねえよ」
 俺は、な。
 カデンツァは昔下の毛を綺麗さっぱり剃られたことがある。そりゃもう見たこっちが驚く程尻まで綺麗に。
 それはアルノーが行ういつもの変態プレイのひとつだったが、当時まだ子供だったカデンツァへの衝撃は大きかった。
 大体アルノーからの呼び出しがあると、カデンツァは明け方まで拘束されるのが常だった。長い時間、趣味の変態じみた行為をひたすらに強要され、心身ともに衰弱したカデンツァを引き取りに来るようにと俺に連絡が入るのは大体東の空が白んでくる早朝。時間は当然前後するため、呼び出される俺もまた眠るわけにはいかなかった。
 長時間に及ぶ行為は、アルノーが絶倫なわけでも、遅漏なわけでもない。
 アルノーはカデンツァに限らず、行為の対象が自分の身体に触れることを許さない。アルノーは対象の手足を拘束し、ゆっくりと時間を掛けて、指や舌、道具を使って嬲って眺めては楽しむことを好む。最初は不能かとも思ったがそうではなく、こういった特殊な行為でしか興奮を得られない人種なのだろう。指示した複数の修道士によって暴行を受けるカデンツァを目の前に、射精したアルノーの恍惚とした表情を思い出すだけでも反吐が出る。
 奴の好みは年端もいかない少年で、青年期にさしかかり声変わりする頃には興味を失う。エルヴァーンという種族は比較的早熟で、ヒュームに比べると少年期と呼ばれる時期は非常に短い。
 カデンツァが来る迄は、隣接する孤児院の子供をとっかえひっかえ手伝いと称し呼び出しては悪戯を繰り返していたが、ある子供が行為中に逃げ出してちょっとした騒動になった。それが問題になり、大っぴらに行動できなくなったアルノーの元にタイミング悪くカデンツァはやってきた。
 ”なんでもしますから、大聖堂で働かせてください”
カデンツァは飢えた狼に、食べてくださいと頭を下げてやってきた羊だった。門前払いだったミアジョはともかく、そのお願いがたまたま通りがかったアルノーの目に止まったのは幸か不幸か。カデンツァの容姿が俺みたいな武骨なエルヴァーンだったなら、そのお願いは聞き入れられなかっただろうに。
 こうしてあどけなさを残すヒュームの少年はアルノーの毒牙に掛かった。
 ヒュームの中にはカデンツァのように、少年期の姿がそのまま成長した姿の者も居る。状況と環境的に成長が止まってしまったという可能性もあったが、カデンツァは大聖堂に来たときの姿のまま年月を重ねた。
 そんなカデンツァを、アルノーは彼の持っていたヒュームであるというコンプレックスを利用して貪り尽くしたのだ。
 未だに身体を押しつけてくるカデンツァの背中を撫でる。たかが体毛くらい、と思うのはきっと剃られたことがないから思えることなのだろう。


 

 

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