Ic Pilav?/Onslaught

 




 朝っぱらから誘われて友人のアサルトに同行した帰り道、珍しくレンタルハウスの方へと歩いて行くカデンツァを見かけた。
 早起きは3ギルの得、とか誰が言ったのか、こんな朝から面倒だなと思いながらも同行してよかったと、急ぎ足でカデンツァに近づく。胸の前に抱えられた紙袋には生活に必要なものでも入っているのか、カデンツァは重たそうに何度も持ちなおしていた。大変だろうと思ってここぞとばかりに声を掛けてみる。
「少し、持つか?」



 数ヶ月前。一目惚れして無理矢理リンクパールを渡してみたものの、よく言えば物静かで大人しい、悪く言えば協調性のないカデンツァは、俺が所属しているリンクシェルでは随分と浮いた存在だった。
 ただ、手伝って欲しいと言えば、何かをしている最中でない限り、必ず来てくれたし、話しかければきちんと応えた。そんなカデンツァは、付き合いにくいが悪いやつではない、と言う位置づけで、皆一様にある程度の距離を置いて付き合っていた。その腫れ物に振れるような扱いの根底にあるのは、俺が誘ってきた人だから、という部分が少なからずあるのは否めない。
 カデンツァは俺の問いかけにゆっくりと顔を上げると、小さく大丈夫、とだけ言った。
 遠回しな拒否。
「いいから。俺もレンタルハウスの方に戻るし」
 貸せよ、と半ば強引に荷物を奪い取るようにして抱え上げると、その荷物はずっしりと俺の腕に沈んだ。思わず足が止まる。
「何をこんなに買い込んだんだ」
 無様な姿を悟られまいと取り繕ってはみたが、どうやら気付かれたようで。カデンツァは小さなため息をついた。
「重たいからよかったのに」
 重たいから持つんだろう、と言いたかったがやめた。今まで荷物を持っていた両腕は所在なさげに下ろされ、カデンツァは俺から視線を外すと俯いた。俺よりも随分と低い位置にある肩を見ながら、いったいこの小さな身体の何処にこんな力が眠っているのだろうかと思う。それとも俺が後衛という地位に甘んじて、日頃の鍛錬を怠っているからなのか。
「缶詰?何処か行くのか?」
 手や腕に当たる感触で、袋の中身を予想する。
「別に何処にも行かないけど。腕痺れるだろ、かわるよ」
 まるで取り返そうとするかのようにカデンツァは手を差し出してきた。それを無言で断って、俺はもう一度袋を抱えなおす。
「たまには使ってやらないと衰えるしな」
 正直に素直な気持ちを伝えれば、気のせいかも知れないが、居心地悪そうにしていたカデンツァの雰囲気が和らいだ気がした。
「それで、この缶詰何に使うんだ」
「食べる」
 それ以外何があるのか、と言いたげに見上げられる。
「いや」
 それはもっともなんだが。
 保存食ならもっといい保存食があるだろう、とか、そのまま食べるならもっとお手軽でうまいものがたくさんあるだろう、とか。そもそも毎日何を食べているのか、とか。疑問がわき上がっては消えていく。知り合ってそれなりに立つが私生活の事なんて何も知らなかった。
 知っていることと言えば、一日の大半を噴水の見える階段上で過ごすこと。蛮族軍が攻め入ってきたときは積極敵に拠点防衛戦に参加していること。そのほか戦闘被害の後始末や捕虜の救出、蛮族軍拠点の偵察、攪乱、作戦妨害と言った地味な作業を引き受けていること、くらいだ。
 それ以外ではリンクシェルの手伝いや、たまにアサルトやらかわった募集に乗ってみたりと、自由気ままな傭兵稼業を満喫している、といった印象だった。
「なぁ、普段何喰ってんだ、お前」
「コリ」
 間髪入れずに返ってきた答え。
 それはお前の獲物であって食い物ではない。
 そう言うとカデンツァは黙った。まあ、冒険者的な日常用語で、コリブリ喰った、と言えば、戦果を話す一般的な用語ではある。だけど今の話しは食事の話しであって、決して冒険者同士の狩りの会話ではない。当然だが俺が聞いたのも人間が生活する上で大切な食事の話しだ。
「昨日何喰った?飯」
 あえて言い直す。
「イ、」
「イ?」
 気になるところで言葉を止めて、一瞬口を噤んだカデンツァは、すぐに思いついたように口を開いた。
「イチピラフ?」
 語尾が微妙に疑問系なのにはあえて突っ込まなかった。
 まともなものは喰ってなさそうだ。そう勝手に決めつけるが間違ってはいないだろう。イ、の後に続く言葉が気になるが、イボガエルの黒焼きとか、イモリの香焼きとか言われたら俺の食欲の方が減退しそうだ。それ以上の詮索は無用、と判断する。
 と、カデンツァの足が止まった。
 じっと見上げられ、手を差し出される。何かと考えあぐねていると、小さくカデンツァは言った。
「俺、ここだから」
 よく見れば目の前にはレンタルハウスのドア。いつの間にか随分と歩いていたらしい。
 持っていた荷物をカデンツァに渡すと、あっさりと紙袋を抱えた。じわじわと今になって押し寄せてくる腕の痺れと怠さ。今度こそ悟られないようにゆっくりと腕を下ろし、荷物を抱えたまま立ち尽くすカデンツァを見下ろした。
 なんとなく、自分からじゃあさようなら、と言い出すのがいやだった。
 期待、とか、したわけではない。ただ本当に、このまま別れるのが惜しい気がしたのだ。
「じゃあね?」
 沈黙に耐えきれず、カデンツァが困った表情で首を傾げた。
「ああ、いやそうじゃなくて。カデンツァ」
 名前を呼べば身構えられるのが分かる。
 僅かに細められたガーネットの瞳。
「この後、時間があるなら昼飯でもどうだ」
 一瞬言葉の意味を理解出来ずに固まって、そして無言のまま数回、カデンツァは頷いて見せた。
 正直、安堵した。
「噴水、これ片付けたら行くから」
 紙袋をぎゅっと握り締めた音。
 ここで待たせては貰えないらしい。物わかりがいい振りをして分かった、と短く伝え歩き出す。背中でドアの開ける音、閉まる音、そして鍵が掛かる音が立て続けに聞こえた。
 ふと、後ろを振り返り、閉じられたドアを見た。
 これもカデンツァにとっては「食事を手伝って」と同じ事なのだろうか。
 それでも個人的な誘いを断られなかっただけ、よかったと思う。
 何も見せないから、見えない部分が気になる。
 そのドアの向こうに、何があるのか。いつか見てみたい気もするし、見るのが怖い気もする。

 とにかく今は食事だ。
 これで少しでも距離が近くなるように、と願う。