Cursed/Onslaught

 





 何故それでも生きることを選んだのかと問われたら、答えは簡単だ。
 ───死ぬ勇気がなかったから。


 三日という時間は、カデンツァにとって短いようで長く、彼自身を蝕むには十分すぎるものだった。

 ─────もう、何をされたか覚えていない。
 何処へ行っても、全ては檻の中だ。飛びだった筈の鳥は、籠を取り囲む巨大な檻に気付かなかった。
 逃げても、何処へ行こうとも、逃れることのできない呪縛。

 流れていくのは、既に意味を失ってしまった涙。
 もう、何故流しているのかさえも分からないまま、ただ頬を流れていく。
 シーツの上に投げ出された手の中には、フォルセールがくれた一粒の錠剤。握りしめた錠剤の意味が示すのは一つ。彼の立場、そしてカデンツァの立場を考えれば効能は自ずと分かった。
 一粒しか、渡されなかった意味は重い。


 遠くて近い声。
 朧気な意識の中耳に届くのは、先ほどまで欲望のままにカデンツァの身体を貪った男のもの。もう一方は低い、小さな声で誰か判別までは出来ない。二人は部屋の中でぼそぼそと何かを話している。
「……万だ……う…」
 意識は闇に沈んで行こうとしているのに耳に残るのは男の金の話。

 嗚呼、やはり。

 カデンツァは約束は守られる事がないことを知った。次に目覚めたとき、別の檻の中にいるのだと信じて疑わなかった。もし腕が動けば握りしめた錠剤を口の中に運んだであろう。

 耐えられないのは施される行為ではない。
 自分を取り巻くこの世界だ。
 アルタナ様、あなたの作ったこの世界だ。

 裏切り続けたこの祝福された世界を、今度はこのカデンツァが、あなたの子供が裏切るのだ。

 手のひらの錠剤を、カデンツァはきつく握りしめる。
 霞んだ視界の先に動かない忌々しい拳を見つめ、カデンツァはゆっくりと意識の扉を閉ざした。



「4倍出そう、なんなら買い取ってもいい。素人の子供を破格で買い取ろうというのだ、そっちにとっても悪い話じゃないだろう」
 部屋に響く派微かな笑い声。失礼、と低い声が囁いた。

「あなたが提示した額では2桁足りない」



 

 

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