Bad again/Onslaught

 



 窓口で手続きを終わらせて、承諾書の右隅に小さくサインを残す。
「それでは指定の金額を送付させて頂きます」
「ああ、頼む」
 送付先をもう一度確認して、承諾書の写しを懐にしまい込んだ。冒険者用の宅配サービス窓口の担当は、終始笑顔で俺が手続きを終えるのを見ていた。毎月同じ場所に同じ金額を振り込む俺を、彼らはどんな目で見ているのだろうか。文字通り泥だらけで、必死になって貯めた金だなんて彼らは知りもしない。その金が何処へ送られていくのかも。
『レヴィオ、戦績あるか?』
 突然リンクシェルから呼びかけられる。残念ながら戦績はついさっき全て金に換えたところだ。
 通貨の違うこの国では、傭兵の給料は功績を戦績という形で支払われる。たまに特別ボーナスで貨幣が直接支払われることもあるが、うちの社長はがめついので期待はしてはいけない。それらの自分で得た戦績を、支給品である武具に交換するも、こちらの金に換えるも傭兵の自由だ。
「悪い、戦績全部使っちまったわ」
『全部、ってお前何に使ったんだ』
 短く、金、とだけ言うとリンクシェルからはため息が聞こえた。そこにあるのはお前金くらい沢山持ってるだろう、という想像の話。残念だがいつも俺は自転車操業だ。来月の今日、また同じだけの金が俺には必要なのだ。
「金稼いでくる」
『おう、いってら』
 元々手先は器用だった。それを利用して、大聖堂時代から巡礼を利用して冒険者としての二重生活をしてきた。その背景には、大聖堂の給料では到底まかなえない金が俺には必要だったから。
 アルノーが総長になる前の話、まだ存命だった俺の恩人は、こう約束してくれた。
 ”お前が頑張れば、お前の孤児院は私がなんとかしてあげるよ”
 俺はその言葉を信じて、サンドリアの田舎から誘われるままに大聖堂に来た。彼にはよくして貰ったし、何よりも彼は約束を守った。
 俺が育った場所は田舎の修道院で、サンドリア国教会の認定がなければ、到底やっていけないほどの貧乏教会だった。それなのに、老齢のシスターは俺を含めて十数人の孤児を養っていて、生活はビックリするほど貧困だったけれど、それでも大家族のようで暖かかった。
 物心ついたときからそこにいた俺は、シスターになんとか恩返しのひとつもしたくて、年を重ねてから修道士を目指した。彼女が亡くなる間際、知り合いのつてを頼り俺をどうにか国教会付きの修道士にと、紹介してくれたのが前任の総長様だった、というわけだ。
 彼女の遺志を継いだ彼は、俺を大聖堂に連れ帰り、俺はそこで色んな事を学んだ。俺の給料の大半は修道院に送り、もちろんそんな額でどうこうなるわけではないから、彼がなんとかしてくれていたことは想像に容易い。
 だけどそれも、彼が急逝するまでの話だった。俺が大聖堂に行ってたった一年と少しだ。彼が逝って、アルノーが総長の座についたとき、俺の生活は変わった。
 突きつけられた現実。修道院への資金援助の打ち切り。
 前任者が勝手に援助をしていただけであり、認定もないただの田舎の教会にこれ以上の援助をする必要が感じられない。俺を呼び出したアルノーはそう言ってから、ただし、と条件を付け加えた。
 俺はただ、頷いてその条件を飲んだ。
 援助は続けられたものの、その額は随分と縮小され、俺は手っ取り早く金を稼げる冒険者にならざるを得なかった。アルノーとの約束の為、大っぴらに大聖堂を長期に渡って離れることも出来ず、かといって大聖堂で何か出来るわけでもなく、俺はどうすることも出来ずに運命の波に従って揺れるだけだった。
 結局色々あって大聖堂を出ることになったときに、当然だが資金の援助もなくなった。
 約束を果たすことも出来ず、かといって帰ることも出来ず。今こうして罪滅ぼしのように毎月決まった額を修道院に送る。
 一番小さかったあいつは、今いくつになっただろうか。
 みんなは、どうしているだろうか。
 顔も見せず、修道士もやめて大聖堂も出て、ただただ金だけを送り続ける俺を、───許してくれ。
 

 

End