An Empty Vessel/Onslaught

 



 最初ツェラ様がカデンツァをリンクシェルに連れてきたとき、どうしてこんな子を、と思った。
 言葉はとても悪いけれど、正直なところカデンツァはツェラ様を求めていないように思ったからだ。

 わたしはルリリ。
 ウィンダス連邦所属のタルタル族で、赤魔道士。
 そしてツェラ様、というのがわたしの大好きなエルヴァーンの男性。ツェラシェル、という舌を噛みそうな発音をタルタルであるわたしは上手に口に出すことができず、でもどうしても名前を呼びたくて愛称で呼ばせてもらっている。
 そんなツェラ様は少し難しい人だった。
 悪く言えば神経質で繊細で、他人の目を気にする人。
 他人に求められることで自分を確立させてる人。
 だから色んな仮面をつけて、人当たりのいい人を演じて繊細な内面を隠してしまう。
 ツェラ様は例に漏れずエルヴァーン男性としてとても整った容姿をしていたから、優しくて面倒見のいい彼を好きになる人は多かった。惹かれたのは外見だけではないのだけれど、彼を好きになったわたしも周りから見たら同じ。タルタルはあの人に似合わない、分かってても止められなかった。
 幸い同じ職業に就いていたから仲良くなるのは早かったように思う。でも、彼にとってわたしは仲のいいリンクシェルのメンバでしかなかった。
 そんな時、ツェラ様はカデンツァを連れてきた。
 なんでこんな子を、そう思った。
 どう見てもカデンツァは面倒の見がいあるタイプではなかったし、そもそも誰も求めていないように見えたのだ。カデンツァは今までツェラ様が連れてきた子とは全く違うタイプだったと言っていい。
 頼めば快く引き受けてくれるけれど、呼びかけない限り自分から輪の中に入ってくることはなかったし雑談に混じったり食事に行くことも殆どなかった。それでもツェラ様はなにかとカデンツァを気にかけていて、そのせいもあってかカデンツァはリンクシェルの中で随分と反感を買っていたようにも思う。
 根底によくない噂があったのは否めないけれど。
 わたしもツェラ様に気にかけてもらえる彼をうらやましく、疎ましく思ってしまって、うそをついてカデンツァを殺しかけてしまった。結局カデンツァは許してくれたけれど、簡単に許されるようなことじゃあない。わたしはそれだけのことをしたのだ。
 それでも、そのことがあってわたしとカデンツァはもっと仲良くなった。今までツェラ様を挟んで対岸に居たわたしたちは、いつの間にか手を伸ばせば届く距離になった。
 色んな悩みや相談事をした。わたしたちは友達だった。
 カデンツァがリンクシェルに溶け込めない理由も聞いた。
 彼はエルヴァーンが怖いのだと言う。詳しくは教えてくれなかったけれど、それはとても深刻なことだと分かった。うちのリンクシェルは男女共にエルヴァーン比率が高い。彼らはいい人ばかりだけど、カデンツァにとっては畏怖の対象だったのだ。
 気になってそっとツェラ様も怖いの、と聞いてみた。
 カデンツァは少しだけ躊躇ってから申し訳なさそうに首を縦に振った。
 その他わたしは青魔道士のことや、あまり多くを語らないカデンツァのいろんなことを知った。食べ物にあまり興味を示さなかったカデンツァは、わたしと食事をするうちにシュトラッチやイルミクヘルバスを覚えた。
 世間知らずな面もあり、なにかとズレた子ではあったけど、いつだってわたしの相談を真剣に聞いてくれた。
 だからそんなわたしたちを見て、勘違いする人がでてもおかしくなかった。
 それを加速させたのは、カデンツァの容姿がヒュームやエルヴァーン基準でとても綺麗だということがリンクシェル内で分かったからというのもある。普段あまりリンクシェルの活動に参加してこないから、わたしやツェラ様以外カデンツァをよく見る機会が少なかった。殆どの人は興味も持っていなかったんだと思う。それがちょっとしたきっかけでカデンツァの評価は、付き合いの悪いがりがり根暗ヒュームから華著な訳あり美人青魔道士に変わった。
 今思い出しても笑える。
 カデンツァはタルタル的美的センスから見るとちょっと物足りない顔なのだけど、確かに他のヒュームに比べて造詣は整っていた。肌も綺麗だし。
 そんなこんなで、今度はわたしの評価が変わった。
 自称ツェラ様大好きタルタル魔法美少女から、カデンツァキープ本命ツェラシェルの二股悪タルに。
 言いたいことはたくさんあるけれど、そう見えても仕方がないのかもしれない。そう誤解されてしまうような行動をとってしまったわたしが悪いのだ。
 シャララトでお茶しながらそれとなくカデンツァにそのことを言ったら、そう、と目を細め携帯端末でどこかに連絡し始めた。なんとなく通話先の人物は予想がつくけれど、まさか呼び出してるとは思わなかった。
「え、あなた呼んだの」
「暇だから来るって」
 少しだけ驚きながらも、カデンツァなりにわたしに気を遣ってくれたんだと思うと嬉しかった。二人で誤解されるなら三人にすればいい、なんて単純だけれども効果的だ。
 ややあってシャララトに駆け込んできたのは赤い髪を逆立てたエルヴァーン。
 カデンツァは暇だから来ると言っていたけれど、わたしにはどう見ても暇だったようには思えなかった。明らかに戦闘途中だったと分かる失礼だけど薄汚れたいでたちに、握り締めたデジョンカジェル、腰のポーチからは獣人金貨が顔を覗かせていたから。
 暇だから金策していた、ともとれなくはないけれども。
「お久しぶりです」
 そう声をかけてレヴィオさんの座る場所をあげようと席をずらす。レヴィオさんは飲み物のなくなったわたしたちのカップを覗き込んで座る予定の場所に荷物を置いてカウンターに向かった。
「よかったのかしら」
 カデンツァを見上げると、何が、という顔をして彼は首をかしげた。彼は意外と小悪魔だ。
 戻ってきたレヴィオさんは、わたしとカデンツァの前にシュトラッチをひとつずつ置いた。そして自分とわたしにアルザビコーヒーを、カデンツァにはチャイを渡す。
 カデンツァは濃く、苦いアルザビコーヒーが苦手だった。いつも付き合って僅かに眉間に皺を寄せながら一緒に飲んでいたけれど、いつの間にか彼自身の変化と共に飲み物もほのかに甘いチャイに変わった。
 先ほどイルミクヘルバスを食べたばかりだけれど、ありがたくシュトラッチも頂くことにした。カデンツァは既に半分ほど食べていて、レヴィオさんは幸せそうにそれを見ている。
 レヴィオさんもツェラ様も、世話好きという点ではとても似ているけれど、実際は正反対だとわたしは思う。
 ツェラ様の世話好きは自分の為だ。
 レヴィオさんの世話好きは人の為。
 どちらも悪くないし、むしろレヴィオさんが奇特。
 少し見ていれば、レヴィオさんの優しさが誰に向かっているかすぐ分かるけれど、向けられている本人は気付いているのか気付いていないのかわたしには分からない。まるで年の離れた弟を可愛がるようにレヴィオさんは世話を焼く。
 前も言ったけれど、カデンツァは面倒の見がいのある子ではなかった。
 それは何でもそつなくこなすから、とか大体のことを一人で済ませてしまうからという意味だけではない。
 カデンツァは求めない。
 でもそれも少し変わってきたような気がする。変えたのは誰か、なんてわたしでも分かったくらいだから、無償の愛情って凄いななんて思ったりした。カデンツァには何も言わずただ支えてくれる人が必要だったのだと思う。
 それはわたしでもなく、ツェラ様でもなかった。
 ただそれだけのこと。
 食べ終わりそうな勢いのカデンツァを微笑ましく思いながら自分のシュトラッチに手をつけようとした瞬間だった。
「いーわね、タルは。体型気にしなくてもいいし、多少デブでも可愛いって言ってもらえるし」
 振り向けなかった。
 聞き覚えのある声だったけれど、あからさまにわたしのシュトラッチを見て彼女がそう言ったのが分かったから。
 目の端にうつったすらりと伸びた長い足が遠ざかっていく。
 シュトラッチに伸ばしかけたスプーンが自分でも分かるくらいに震えていた。
 軽いため息が聞こえて、隣に座っていたレヴィオさんが頭を撫でてくれた。
「気にすんな」
 カデンツァはシュトラッチの器を持ったまま、状況を把握出来ていないのかじっと無表情にわたしを見つめている。どうしていいのか分からなくなって、力なくスプーンを置いてしまうと、カデンツァは首をかしげた。
「食べないなら食べるけど、腹一杯なら持って帰る?」
「あなた、今の話」
 思わず笑ってしまった。
 隣のレヴィオさんまで笑いを堪えているのが見える。
「体型がどうだってルリリはルリリだろ」
 最後のシュトラッチを口の中に入れて、味わうように目を細めるカデンツァ。
「元がかわいいから、どんな姿になってもかわいいんだ」
 何を言ってるんだ、と言わんばかりにそう言い切ったカデンツァに。今度は今まで笑っていたレヴィオさんがマグを持ったまま固まってしまった。
 おかしかった。だってカデンツァが表情も変えずにそんなことを言うから。
 だからわたしもいつもと同じように笑って言い返す。
「いやだわ、カデンツァ。お世辞いってもシュトラッチはあげないんだから」
 一度置いたスプーンを持ちあげて、わたしはこれ見よがしにシュトラッチの皿を持ち上げた。
 甘くていい香りがするシュトラッチ越しにカデンツァを見上げると、彼はよく見ないと分からないくらい小さく笑ってみせる。
「俺はもう一個買ってくる」
 そうカデンツァが言うと、もの凄い勢いでレヴィオさんが立ち上がった。
「俺が買ってくる」
 腰のポケットからアトルガン貨幣を取り出してカウンターに向かっていくレヴィオさんの背中を見送って、カデンツァはもう一度わたしに笑いかけてきた。
「ルリリはかわいいよ」
 伸ばされた細い腕がわたしの頭を撫でる。
 気にしないでいいよって言ってくれているのは分かるけれど、こんなことをするから、カデンツァもわたしも誤解されてしまうのだと思った。それでもカデンツァの優しい気遣いにわたしは感謝する。
 わたしはわたし以外になれない。
 どれだけ望んでも、すらりと伸びた長い足やくびれたウエストを得ることは出来ない。あの人に似合う、あの人に釣り合う容姿にはなれないのだ。
 分かっていて何故望んでしまうのだろう。
 人はそういうものなんだ、なんて分かったように言ってみたりなんかして自分を正当化して。ちょっと自分でも笑えてしまう。
 目の前の表情の変化に乏しいヒュームもまた、わたしと同じような望みを持っているのだろうか。
 気になった。
「カデンツァは、あなたは叶わないと分かっていても望んでやまないものはある?」
 言い換えればそれは渇望。
 望んで、望んで。望みすぎてこの身が引き裂かれそうなことはあるのかと。何も、誰も求めない、求めてなかったカデンツァが、もし望むなら一体何を望んでいるのかわたしは単純に興味があった。
「あるよ」
 あっさりと返ってきた肯定。
 わたしに芽生えた安堵。

 わたしが安心したのが分かったのか、カデンツァは微かに笑った。


 

 

End