Schwarz/Onslaught

 



 

 ある日の朝、突然カデンツァからアルミホイルで包まれた塊を渡された。

「なんだこれ」
「おにぎり」

 愛 妻 弁 当 。

 きた。その4文字が縦横無尽に頭を駆け巡る。
 海苔なんてなくていい。具材は梅干でもいい。いやむしろ中身なんてなくてもいい。塩味すらなくていい。
 お母さん、お父さん。俺は今最高に幸せです。
 ヒャッホーイ。

 その日は朝から上機嫌で部下たちに揃って係長キモイ、といわれた。
 だがそんなことでめげるような幸せではない。昼が待ち遠しい。正直仕事にならない。外回りの予定がなくてよかったと本気で思う。ロッカーの鞄に入った愛妻弁当がいまかいまかと俺を呼んでいるのだ、無理もない。
 昼休憩を告げるベルが鳴った瞬間、ロッカーに飛び込む。
 幸せを噛みしめたくて、普段は行かない屋上へと向かった。もう少し暖かくなれば女子社員たちは屋上で食べるが、今はまだ肌寒く誰もそんな場所では食べない。人が居ないのを確認してから、備え付けのベンチに座りアルミホイルに包まれたおにぎりをそっと取り出した。

 感触からして数は3つ。

 比較的ひとつの大きさはコンビニのおにぎりより一回り大きい。
 心臓が高鳴るのを抑え、アルミホイルを開くとそこには、神々しいばかりのおにぎりが予想通り3つ並んでいた。

 生 き て て よ か っ た 。

 溢れそうに鳴る涙を堪えつつ一つ目のおにぎりを手に取った。持ってもべとつかず崩れない、程よい硬さに握られたおにぎり。外側を覆う海苔はないが、ご飯に高菜が混ぜてあるのが分かる。
 ロをつければカデンツァの手のひらのぬくもりが感じられた。

 うまい。マジうまい。

 もう溢れる涙を堪えることは出来そうにない。
 具は入ってないと思っていたが、なぜか中心付近にイカの塩辛が入っていた。

 ふたつ目。見た目は普通の白飯なのだが絶妙な塩加減がたまらない一品。思わずかぶりついてしまう、そんな中毒性を含んでいた。具は梅干か昆布か、と思っていたら予想外にゲソの天麩羅が入っていた。まあ昨晩の残りだ。

 最後のみっつ目。食べきってしまうのが惜しい、そう思いながらも最後のおにぎりに手を伸ばす。どうやらみっつ目は鮭が混ぜてあるらしく、表面には細かな鮭のピンク色が見えていた。これも絶妙でとてもうまい。
 だが、どうしてか、中心付近にはあたりめが入っていた。

 入れる具に困ったのだろうか。まあでもあれだな、あいつイカ好きだしな。

 全部食べ終えて幸せに浸る。
 そうだよなあ、お互い社食を使ったとしても1日800円から1000円程昼食にかけるくらいなら、こうやっておにぎりもいいもんだな。明日は俺が握ってやるかな。梅干とかゆかりとか買つて帰るか。
 ああでもいいな、響きがな。他のなにものにも変えられない何かがあるよな。

 愛妻弁当。

 俺は幸せものだ。
 アルミホイルを片付けようと下を向くと、まだ何かが入っていた。
 お新香か、とよくよく見てみたら、梅干と昆布が添えられていた。

 何故添えたし。


 

 

End