Schwarz/Onslaught

 



 

 一緒に暮らそう。

 そんな俺のプロポーズにカデンツァは応えてくれた。
 天にも上るような気持ちで、病院内だったにも関わらずキスを交わし、細い体を抱きしめた。

 当然だが結納だの挨拶だのそんな行事は一切なく、退院後お互いの会社には結婚しましたとだけ短く事後報告して済ませた。俺のほうは独身寮から追い出されることになったが、妻帯者になると会社借り上げでアパートを借りることが出来るから実質今よりも融通が利く。
 なるべくあいつの会社に近い場所でという俺の目論見はあっさりと拒否されて、新居はお互いの家賃補助を足すことで丁度職場と職場の中間、都心にも近い閑静な住宅街の一角にある新築マンションに決まった。

 引越しが終わった日曜日。
 示し合わせたように翌日有給を取得していた俺たちは、荷物を解くことをせず、準備してあった高級ワインと近所のケンタッキーという組み合わせでささやかなお祝いをした。
 ダンボールに囲まれたソファで肌を重ね、こっそりと用意してあった指輪を手渡すとカデンツァは恥ずかしそうに笑った。
「本格的だね」
「愛してますから」
 そう冗談めかして言ったら、カデンツァの細い腕が背中に回されて抱き寄せられる。そのまま強く抱きしめられて、お互い無言で抱き合った。涙が出てくるほど幸せで、多分それはあいつも同じで。
 交わしたロ付けは涙の味がした。

 だけどその頃からあいつの調子は徐々にだが斜め下に向かっていた。今まで一緒に居なくて見えていなかった部分が見えてきただけなのかもしれない。血の気のない顔色に、何度となく心臓が止まる思いをした。


 珍しく午後から出勤のカデンツァが玄関まで俺を見送りに来た。普段だと俺のほうが始業が遅いこともあり、カデンツァを見送ってから出勤するから新鮮な気分になる。
「行ってきます、のキスは」
「逆だろ」
 笑いながら抱き寄せて額に唇を寄せると、少しだけ不満そうに長いまつげが伏せられた。
「なあ。調子、あまりよくないなら仕事やめてもいいんだぞ」
 薄暗い玄関で、余計に青白く見える頬についロが滑る。
「いや、その。お前一人分くらい十分養えるだけ貰ってるから、心配しなくていいって意味で」
 止まった空気に必死で取り繕ってみるものの、カデンツァは少しだけ困ったように頷くと、会社に遅れると俺を追い出した。
 以前も似た様な事を言ったとき、カデンツァはやっぱり困ったように微かに笑って俺と対等でいたい、と言った。そのときは曖昧に受け取っていたその言葉の意味が今なら分かる。
 今にも閉まりそうな玄関の扉を無理矢理あけて、部屋に戻ろうとしたカデンツァを背中から抱きしめた。
「ごめん、心配しすぎた。最悪、そういう選択肢もあるんだってことを言いたかったんだ」
「俺もごめん。ちゃんと考えるから、もう少し頑張らせて欲しい」
 言いたかった言葉はひとつ。

「お前だけ頑張るんじゃない、一緒に頑張っていくんだ」



 

 

End