Schwarz/Onslaught

 





Re:ちょっと忙しい

本文なし。

 そんなそっけなくみえるある意味器用なメールを最後に、恋人と連絡が取れなくなった。
 明確なサイクルはないが、会社に泊まりこみになるのは毎度のことだった。そうなったらメールを送っても、電話をかけても繋がることはなく、俺はただ連絡が来るのを待ち続けるしかない。
 相手は最先端テクノロジーを扱う有名企業の研究開発部、担当主任。
 具体的な内容は機密漏えいにあたるから詳しく聞いたことはないけれど、一部上場ではあるが総合商社営業部所属の宴会部長な俺には想像できないような世界に違いない。

 連絡がつかなくなって大体一週間。
 世間では嬉しい金曜日。俺にとっては予定のない週末を迎える地獄の扉。
 同僚達の飲みの誘いを断って自宅アパート傍の居酒屋に転がり込んだ。おでんといつもの、そう口に出す前に座る予定だったカウンターの端に瓶ビールが置かれる。週末の店は賑わっていて、カウンターの奥に設置された旧型のブラウン管テレビからはくだらないニュースが流れていた。
 目の前にグラスをふたつ置かれて、思わず涙ぐむ。
「今週連絡一度もなかった」
「来るかも知れないでしょ」
 慰められながらも、隣の席は空いたままただひたすらに飲んだくれた。
 随分酔いも回って、いつの間にか店には俺を含めて数人しかいなくなった。いつ連絡があってもいいように、と目の前に置いたプライベートな携帯はぴくりとも動かない。着信やメールの有無を知らせるLEDも消灯したままだ。
「泣きそう」
 煮浸しの小鉢を引き寄せてそうぼやいたら、突然携帯が震えた。
 飛び上がって携帯を掴んで発信者を見れぱ、間違いなくそこには待ち望んだ相手の名前が表示される。壊れそうなほどに携帯を握り締めて電話に出た。
『あ、レヴィオ?』
 お前の携帯は俺にかけて誰に繋がるんだと。
『今どこ』
「たぬき。お前どこだ、仕事は。時間少しあるのか」
 我ながら必死だったと思う。会計を済まそうと立ち上がり、目で親父さんに合図する。
『明日出社したら寝袋ちぎって産廃にするって言われたから帰る』
 時間を確認すれば23時57分と42秒。バカみたいで笑えるのになんでか泣けて仕方がない。
『30分くらいでつく』
「こっちくんのか、電車」
『もう乗った』
 電話の向こうで行き先を伝える声が聞こえて、タクシーを捕まえたことを知る。
 腐っても都内24区。ここなら職場から30分と掛からないだろう。じゃあ、と電話が切れると急に何かが込み上げて、沈んでいた気持ちが一気に浮上した。
「来るって?」
 会計に手をかけていた親父さんが手を止めて笑いかけてきた。
「来る!」
 それから来るまでの30分、待ち遠しくて何をしたのか何を飲んだのか、何を喋ったのかさっぱり分からなかったが、とにかく嬉しくて、顔を見たら泣くんじゃないかとそればかり考えていた。



 

 

End