Q071.Rape/Onslaught

 



 

 


 思い出したくないほど酷い思いをしたのは、大聖堂を出てからのことのほうが多かった。
 修道士たちも手加減を知らなかったけれど、相手が武器を持った冒険者だと、こちらに抵抗の意思があろうとなかろうと別の意味で加減が出来ないということを何度も味わった。

 青魔道士になりたてで酷い飢えに蝕まれている時期、俺は港の一角にあるみすぼらしい酒場にずっと出入りしていた。酒場はうらぶれた外観とは裏腹に結構はやっており、寡黙な隻眼の元傭兵だという店主は毎日のように起きる派手な喧嘩を前にしながらも傭兵同士の諍いには全く関わらず、客もまたお互いの素性には深入りしないことで居心地は悪くなかった。俺はそこを猟場に、相手を適当にみつくろっては近くの安宿で飢えを満たしていた。
 最初は色々なトラブルもあったものの、通ううちに俺は常連の、常連は俺の生態をなんとなく分かってきて、俺はそこであとくされのない相手を見付け、体よく別れる術を身につけたと言っても過言じゃない。
 結局その酒場に長くいついた連中は一癖も二癖もある者ばかりだったが、それゆえに互いに一定の距離感を持ってうまく付き合っていたような気がする。
 そんな頃の失敗談のひとつ。
 その一件以来、俺は面倒ごとになる可能性が高い女には手をださなくなった。
 あの頃は文字通りの食事を終えてアルザビに帰ると、とにかく手近な誰かを捕まえて事を済ませた。満たされるなら相手が男でも女でもよかったからだ。幸いにも俺の中の魔物が人を誘き寄せるのか、こちらから声をかける前に誘われることも多く、相手に不自由することはなかった。
 その日は六門院を出てすぐのところで急に腕をつかまれた。
 若い傭兵の女で、顔どころか髪の色すら思い出せないが、実戦も経験していないだろう刃こぼれのないナイフと丁寧に磨かれた鎧が印象的だったことを覚えている。
「少しお話をしていただけませんか」
 その頃の俺は手を出してもいいタイプと、いけないタイプを見分ける経験を持ち合わせていなかった.今ならすぐに分かる。この手の女は絶対に手を出してはいけないタイプだった。
 とはいえ食事の後は色々と狂わされる。正常な判断なんて最初から出来なかったのかもしれない。言いくるめた記憶も、どうやって安宿に連れ込んだかも覚えてないが、俺は彼女で飢えを満たし、彼女の話など聞くこともなくじゃあね、で終わらせた。
 そんなことも忘れていた数ヶ月ほどたったある日。
 ハズレを引いたのか酷く苦いインプを食べてしまい、勢いに任せてその辺をうろついていた元同業者を色々な意味で喰い散らかした。八つ当たりとも言うのだが、程よく満たされた状態で気分良く酒場に戻れば、いつもの傭兵が今日は一段と色っぽい、などと訳の分からない軽口を叩いて俺を出迎えた。ちっとも酔えない一番安いアルコールを注文し、いつもの最奥にあるカウンターに腰掛けるとすぐに瓶ごとアルコールを渡された。
「なにこれ」
「おごり」
「おごりならもっといい酒くれよ」
 そう言ったらいい酒飲ませても味わかんのかと毒づかれて黙る。
 そんな馬鹿なやり取りをしていると乱暴に店の扉を開けて入ってくる男たちがいた。ここでは初めてみる顔だった。バカ話をしていた常連も初見の様子で、ちらりと一瞥するだけで俺に向き直り、酒場の主は無愛想にいらっしゃいと声をかけた。
「赤い目の男がいると聞いた」
 入ってきた男は席につくわけでもなく、全員に聞こえるようにそう言った。
 赤い目の男なんてそうそうお目にかからない。特に俺のように血潮のような深い赤は。紛れもなく男は俺を捜していた。入り口付近にいた別の常連が、俺を軽く顎で男に指し示す。
「俺のことか?」
 そういうと男はもの凄い勢いで走ってきて、いきなり俺を殴り飛ばした。派手な音を立てて後ろのテーブルごと床に叩きつけられて息が詰まる。
「俺の娘を孕ませやがったのはお前か」
 男は体を起こそうとした俺の胸倉を掴んで無理矢理起こし、もう一度殴りかかってきた。今度は歯を食いしばって耐え、頭を振ってやり過ごす。
「悪いけど俺、種無しだから他あたって」
 なんとか言い返した精一杯の言葉は相手を逆上させただけだった。
「顔だけのクソ野郎」
 顔は関係ないだろ。
 執拗に顔ばかり狙われて、抵抗するのもバカらしくされるがままに殴られていたら、そいつについてきた男のひとりがようやくもうやめろ、と言って男をとめた。解放されたものの暫く動けそうになくてそのまま床に転がっていたら今度は甲高い叫び声とお父さん、という声。
 多分これが修羅場ってやつ。
 そこからは正直もうどうでもよくて、とにかく少したてば動けるようになるからとその修羅場を転がったまま見物していた。この人は違うのだの、ウソついてごめんなさいだの、よく分からないが怒号と泣き声と耳に響く高い声が酒場を埋め尽くしていた。結局親子とその連れ合いが嵐のように去って行った後、ふてぶてしく起き上がった俺に常連の男が手を差し出した。
「おつかれ。いい酒著ってやるよ」
 先ほど渡された酒瓶が転がっているのを見つけてため息が漏れた。
 ちっとも口つけてなかったのに。
「口直しもしたいんだけど」
 別の場所で、と付け加えると男は目を輝かせてこの店で一番高い酒をカデンツァに、と叫んだ。
 ごちそうさま。


 

 

End