Q039.Fight/Onslaught

 



 


 雑貨屋で色々と買い物を済ませた帰り道。
 その日は珍しく日差しがきつく、日陰を求めて裏路地経由で居住区に向かって歩いていた。
 購入したものは色々、主に食材。レヴィオが好きな酒、ギガントスキッドの油漬、それと日用雑貨、いつもの缶詰め。今朝までアラパゴの掃討作戦に参加していたのもあって、部屋の食材はほぼ空だった。
 夕方にレヴィオが来るというので、それまでに酒くらいは補充しようと思い立ったのが先ほど。必要なものをまとめて買ったら思いのほか荷物が増えたのが今。今後缶詰めのまとめ買いはやめておこうと誓う。
 そんな中居住区近くで、すれ違った男から馴れ馴れしく声をかけられた。
「カデンツァじゃねえか」
 呼ばれた相手の顔を見てもはっきりと思い出せず、首をかしげると親しげに腰に手を回し撫でてきた。
「誰だっけ」
「つれねえなあ、あんなに何度も俺の下でよがってたのに」
 下品な物言いに思わず目を細めると、不快感が伝わったのか腰を引き寄せられる。
 本当に誰だか思い出せない。そもそもその場しのぎだったセックス相手の顔や名前をいちいち覚えているわけがない。大体名前も交わさないことのほうが多かったのに、一度や二度のセックスで何を勘違いしているのか。
「なぁ、お前あれからすぐ消えちまったじゃねぇか。何してたかはきかねえし興味もねぇが、また戻ってこいよ、な」
 何処へ、と言い掛けた唇が男の顔で塞がれた瞬間、俺は咄嗟に噛み付いてしまった。
「いてぇっ」
 自分の咄嗟の行為に俺自身が驚いてしまって次の動作が遅れる。
「この野郎」
 一瞬呆けた俺を男は思いっきり殴った。鈍い音とともに首が横に振れる。力が弛んだ手から買い物したばかりの袋が地面に落ちて酒瓶が嫌な音を立てたのが分かった。
 よろめいた体が路地の壁にぶつかり、倒れるのを免れたのも一瞬で、男が俺の体をそのまま壁に押し付けてきた。もう一度唇が近づいてきて、今度は頭を押さえられて口付けられる。割れた瓶から広がっていく葡萄色の液体が目の端に映り、何かが腹の底から沸いてきた。もやもやした何かだ。言葉では言い表せない何か。
「離せよ」
 首を振って唇から逃れた。むかついた、が正しい気がする。
 人がちょっと気分よく買い物してきたのに台無しにしやがって。
 油断した隙を突いてバタリアゴブ仕込のゴブリンラッシュをその割れた顎にぶち込んで、倒れたそいつを尻目に荷物を持って今来た道を引き返す。割れてしまった酒はどうしようもない。レヴィオが好きって言った酒だったのに。
 気持ち悪い唇の感触を思い出して口の周りを拭ってみたけれど、居心地の悪さは消えなかった。
 噛んだのも、殴り返したのも初めてだった。
 なんだかよく分からなくなって、もう一度酒を買ってすぐに家に帰った。
 荷物を床にばら撒いて蹲る。今になって膝が笑う。
 転がった酒瓶が色のない俺の顔を映した。
 結局俺はレヴィオが訪ねてくるまで、そのまま薄暗い部屋の真ん中でただ蹲り続けた。


 

 

End