Q035.Eroticism/Onslaught

 



 

 

 同じ男で、同種族の俺から見ても、あいつの行動はいちいち様になる、と思う。
 さりげない一挙一勤が正直かんに障るくらい絵になる男だ。
 事情を知らないものが見れば、あいつのカデンツァへの態度はぼけっとした弟を気遣う面倒見がよくしっかりものの兄のようにうつるらしい。少なくともリンクシェル内ではそういうことになっている。
 よく見てみろ、と言いたい。
 あいつの視線が、あいつの指先が、どれだけカデンツァへの愛情に満ち溢れているか。きめ細やかなサービスは全てカデンツァに向けられていることに何故気付かないのか。俺たちはそのおこぼれに与っているに過ぎない。すなわちあいつにとって俺たちへの優しさはあくまでカデンツァへの配慮でしかなく、おまけでしかないのだ。
 ついでに言っておくと、カデンツァはぼけっとして見えるがそれほどぼけっとしているわけではない。
 しているときも多々あるが。
 話を戻そう。
 先日こんなことがあった。
 前提条件として、カデンツァは稀にとんでもないものを口に入れる癖がある。どう見たって食べられそうにもない毒々しい色の果実や木の実がその例だ。その日もリンクシェルのメンバーとあいつを入れてちょっと珍しい獲物を狩って遊んでいた。
 目的のものをなかなか持っていない獲物に毒づいていたら、獲物の一匹が珍しい果実を落とした。メンバーの誰もが聞いたことはあっても見たこともない果実だ。当然あいつもカデンツァも知らなかった。何に使うのかも分からないのに、なんとなく珍しさに負けて全員でダイスを振って勝負したところまではよかった。
 勝負を制したのはゴブリンダイス並みの強運で990台をたたき出したカデンツァ。
 なんとなく雰囲気で欲しいなと思っているのは分かっていたが、それがまさか食べるためだとは誰も思わなかったに違いない。
 赤い目を輝かせ勝利の果実に手を伸ばしたカデンツァは、いただきます、と言ってその毒々しい血のように赤く熟れた果実に噛り付いたのだ。
 まさにプリンセススノーホワイトだった。
 カデンツァは即ぶっ倒れたりはしなかったが、見ていた俺たちがパニックに陥った。うまいのかまずいのか、そんなことも確認せずにとにかく吐き出せと全員がカデンツァに詰め寄る。なにせ誰も知らない果実だ、どんな効能があるかも分からない。毒になる成分を含有しているかもしれないわけだ。
 慌てふためく俺たちを尻目に、あいつだけがやけに冷静で、そっとカデンツァの頬を撫でると笑って聞いた。
「うまいか」
 なにを言っているのかこんな時に。腹立たしい気持ちで抗議の声をあげようとすると、カデンツァが口の中を果実でもごもごさせながら、すっぱい、と言った。力は抜けたがそんな問題ではない。
「後で食べよう、な」
 あいつはそう言ってカデンツァの唇に指を這わせ、そしてその口の中へ指を差し入れた。
「出して」
 カデンツァは少しだけ不満そうに、それでもあいつに従って食べた果実を吐き出した。
 あいつはもう片方の手でカデンツァが握っていた果実を優しく取り上げると、もう口の中に残っていないか確認するように指を動かした。
「飲み込んだ?」
 首を振るカデンツァ。
 唾液に濡れた指がようやくカデンツァの口から引き抜かれ、あいつはそれを木綿布で丁寧に拭った。
 正直その長い指が動くのから目が離せなかった。誰もがそんな感じだったのだろう、やっと終わった処置に全員が安堵のため息を漏らす。
「いくら青魔道士でも危ないわ、分からないものはすぐに食べてはダメよ」
 嗜めたルリリにカデンツァがごめん、と素直に謝った。
 青魔道士の胃袋が丈夫だとは聞いたこともない。
 げてもの、いや、珍味好きなのはカデンツァの嗜好であって青魔道士と胃袋は関係ない気もする。正直な話、俺の知っている青魔道士とカデンツァはかけ離れすぎているわけで。
 あいつの大きな手がカデンツァを撫でるのが見えて、俺はあの口の中に差し入れられたあいつの指が脳裏から離れていないことに気付いた。


 

 

End