Q033.Late/Onslaught

 



 


 明け方いつもの捕虜奪還メンバーとマムークに囚われた捕虜を解放した帰り道。
 昼過ぎにレヴィオと待ち合わせがあるから、奥地でそのまま狩りを続行するというメンバーに別れを告げてソロで出口を目指した。今思えば何故呪符かカジェルを使わなかったのか後悔するばかりだが、徒歩だった理由のひとつにマムークは比較的監視哨に近く、分かりやすい構造だからという慣れと慢心があったのだと思う。
 いくつかの広場を抜けた際に、放置されていた魔鏡のひとつを割ったところで欲を出したのがいけなかった。近くにもうひとつある魔鏡へ行こうと、近道である小川を渡ったときに横から突然忍術を浴びせかけられたのだ。
 油断していた。ここはハプージャの縄張りだったことを失念していた。
 無防備なところにいきなり飛んできた呪符。音をたてて目の前で呪符が軽く弾け、体に痺れを感じた。まずいと思う暇もなく、続けざまに投げられた鈎縄が足に絡みつき、その場で無様に転ぶ。時間稼ぎのザッハークの印を結ぼうとしたが集中できず詠唱に失敗すると状況はさらに悪くなった。空蝉によって揺らめくハプージャが姿を現し、鈎縄を手繰り寄せる。普段ならこの小川が俺の臭いを消してくれるのにここまできたらそれも叶わない。剣の柄に手をかけたところでタイミング良く引き摺られ、大木の根に背中をしこたま打ちつけた。
 殺される。
 嫌な汗が体中から噴出した。
 ハプージャの顔が近づいてきて、俺の臭いを嗅ぐとくぐもった低い声でお前を知っているぞ、と言った。笑い声というよりは喉が震えるような低い唸り声の後、ハプージャは俺の体を押さえつけ、じわじわ嬲り殺してやる、と笑った。
 獣人たちの拠点をある意味撹乱し、荒らしてまわる俺をよく思う獣人は居ない。
 鋭い爪をもった大きな手で髪の毛を掴まれ、顔を上げさせられる。無理矢理開かされた口に差し入れられたのは、ひどく粘着質の体液に濡れた鱗に覆われたモノだった。それは人のペニスよりも随分長く、喉の奥へと簡単に入り込んでくるからたちが悪い。苦しくて何度も吐きかけた。
 これほどまでに統率された秩序をもった社会性と文化を持った獣人族も、やることは人と大して変わらないんだなとかどうでもいいことを思う。ぬらぬらとした体液は口の中で絡み付いて気持ち悪かった。だがこれがなければ固い鱗が咥内を傷つけていたであろうことは間違いない。そんなところにまで鱗なくたっていいのに。
 痺れはなくなっていたが足や腕に絡みついたままの鈎縄が俺の動きを制限していた。
 不意に口の中で鱗が膨らんだ感覚があってすぐ、生温かな液体が喉に流れ込んできた。予想しなかった状況に咽せてしまったが吐き出すことも許されず、喉の奥をこじ開けられたまま流れ込んでいくのをただじっと我慢しているほかなかった。さすがに苦しくて視界が滲む。荒い息をつきながら見上げると、ハプージャは見下したような目で俺をじっと見ていた。込み上げる不快感に歯を食いしばる。ハプージャはそれすら面白そうに舌なめずりをしてみせた。
 右腕を捕縄されたまま後ろを向かされ、装束を剥がされる。比較的身に覚えのある行為なのに相手がマムージャであるというだけで体が強張ったのが自分でも分かった。引き摺られるようにして腰を持ち上げられ、押し付けられる固い鱗の感触が伝わってくる。
「あ、あぁ、あ」
 入り込んでくるものはまるで無機質な物のようだった。粘着性の高い体液で覆われているとはいえ、鱗の感触がダイレクトに内側を擦っていく。逃げ腰になる俺を繋ぎとめるように掴んだハプージャの爪がわき腹に突き刺さった。どこまでも入り込んでくる、そんな感覚にぞっとする。
 こじ開ける、割り拓く、そんな言葉では生温い。
 固い鱗が内側を引っかくように擦りたてる。
 声を上げずにいられなかった。内臓を突き破ってしまうのではないかと恐怖するほどそれは長く俺の体の中にとどまり、そしてゆっくりと引き抜かれていく。体液と空気が混ざり合う独特の音がやけに耳に響いた。
 押し込んでは抜く、ただそれだけの行為なのにひどく怖い。過去には清掃用具の柄や儀礼用の蜜蝋を何本も差し込まれたことだってあるというのに。
 泣くつもりなんてなかった。そんな感情とうになくしたと思っていた。鼻筋を通って地面に落ちるのは涙なんかではない。絶対に。
 不意に髪の毛を掴みあげられ、上半身が持ち上がる。トカゲ特有の空気の漏れるような息が耳元で聞こえ、ハプージャが泣いているのかと俺に間うた。
 泣いてない。泣いてなんかいない。
 そう言葉にしたいのに出来なかった。上半身が起こされたことで奥まで入っていく恐怖と不快感に、俺の歯は上手くかみ合わず、がちがちと音を立てていたからだ。
 笑ったのだと思う。
 そのままハプージャは俺の腰を勢いよく引き寄せた。
 言葉では言い表せない音が響く。
 何の効果か、それともハイになっているからか痛みはなかった。ただ猛烈な熱が腹部に広がったのを感じた。
 力を失いかけた俺の体を木に押し付けてハプージャは激しく腰を押し付けてきた。上半身を支えられなくなると髪の毛を引っ張られ、背中が大きく反り返る。そのまま上下に強く揺さぶられ、俺の体内で膨らんだそれが腹の中をかき回していった。
 下を見たくないのに視線が自然と下がった。
 朦朧とする意識の中、足下に広がる赤を見た。
 何故か安堵する。それは鮮やかな緑を侵食するどす黒い赤だったが、それでも俺はこんな状況にも関わらず俺の血が赤いことに安堵したのだ。
 今度は俺が笑ったのだと思う。


 気がつくと小川の中に倒れ伏していた。
 無様な格好ではあったが自分の生命力の強さに感心する。むしろ共生する魔物に感謝するべきか。器たる俺が死ねば、入れ物を失った彼らは俺とともに死ぬ。彼らにとって俺の死は他人事ではない。
 転がったままでざっと周囲の気配を探った感じではハプージャの姿はない。多分死んだと思ってうち捨てて行ったのだろう。
 小川の中にいたせいか指先が動くまでに時間がかかった。
 今更腹部に痛みを感じて顔を顰める。そこだけがぼうっと熱をもったように温かい。からからに乾いた口の中に入り込む水が冷たくて心地よかった。
 頭がはっきりしてくると今度は今何時だろうとか、手元にない冒険者端末が気になった。冷え切った身体はそれどころではないのに生きていると分かったら現金なものだ。
 ゆっくりを周囲に気をつけながら体を起こす。
 荷物の回収は後だ。今マムージャに見つかれば今度こそ抵抗すら出来ずに死ぬ。
 とにかく身を隠そうと木の洞に身を寄せた。暫くじっとしていればある程度動けるようになるはずだった。この程度なら1時間か、それともそこまでかからないか。失った血や体力はそうそう簡単に戻っては来ないが、欠損した部分に関してはあらかた復旧済と言ったところだ。
 ちょっと今日のデートはキャンセルしたい。
 レヴィオ泣くかな。理由言ったらもっと泣くかな。
 今度はレヴィオと一緒に鏡割りに来ようと心に誓った。


 

 

End