Q017.Trouble/Onslaught

 


 


 俺の癖、というより俺はトラブル体質だと思う。
 それとも俺がトラブルを呼び寄せる癖があるのか。なんにせよ俺の周囲にはトラブルが絶えない。
 今回のトラブルの切欠は、それなりに親しい間柄の裁縫士からの依頼だった。
「なあ、お前って悪目立ちするよなあ」
 呼び出された先でいきなりそう言われて返す言葉がなかった。
 つい最近、目立つという理由で俺に全く非のないトラブルを解決したばかりだったからだ。
 見上げてくるふてぶてしい態度のタルタルは、立っている俺の顔が遠いからというそれだけの理由で俺を座らせた。人通りの少ないアルザビの一角で、タルタルは人目を気にしながら真っ赤なクロークを大事そうに取り出す。
「これをさ、お前の持ってるのと交換してくれよ」
「やだ」
 とりあえず断る。
「いや、断るなよ。悪かったよ、お前目立つじゃん。勢いで織ったはいいけどそれなりに良く出来たし、俺のサイズに手直しするのも勿体無いしさ。それに色々見せびらかしたほうが売名行為にもなって裁縫職人な俺としてはありがたいわけよ。インフレのうちに在庫処分もしたいし」
 元々商魂逞しいタルだと思っていたけれど、この間依頼品割って引退だと叫いていたのは誰だったか。
 それに目立つと言われるが俺は別に目立つわけわけではない。色々と悪い意味で有名ではあるけれど俺自身は平均的なヒュームの上、これといって特に見栄えや希少価値の高い装備をしているわけでもない。
 正直酷い言いがかりだと思う。
 彼が言うにはタルタルサイズに手直しすると、折角の裾に施した刺繍が勿体無いことになるという。確かにクロークの裾は気合いの入った美しい刺繍が施されていた。
 折角ヒュームサイズで織ったのだから、手直しせずに着られる人を探していたというのは理解出来る話。よく見ると刺繍に混ざってタルタルのフルネームが織り込んであった。
「お前眩しいとか言ってフードつきのクロークを普段着にしてるだろ。良く出来たっていってもどうせミテクレだけで強い魔力が篭ってるわけじゃないし、ぶっちゃけちょっと丈夫かも、ってくらいしかメリットもない。古着との差額は広告費ってことで、売らない、貸さないという条件で交換してよ」
「みてくれだけだから今のままでいいんだけど」
 正直本気で眩しいから着ているだけに過ぎない、昔は活躍した高額装備。
 若干の沈黙の後、タルタルは俺に頭を下げた。
「上から目線ですみませんでした。お願いですから日除けに俺の銘入りロイクロ着てシャウト待ちしててください。御礼はします」
「微妙にすっごいとてもひっかかるけど交換してもいいよ」
「商談成立。ありがとタル」
 タルタルは俺の手を握ってその大きな頭をすり寄せてきた。気持ち悪い。
「じゃあ早速生着替えで」
 交換なので仕方がなく今着ていたクロークを脱いでタルタルに手渡し、新しいクロークをかぶった。確かにヒュームサイズというだけあって俺にはぴったりで丁度いい。
「お、さすがカデンツァ。ヒューム女用でジャストフィット」

 とりあえずプリケツ晒したタルタルに土下座させる。
「重ね重ねすみませんでした。でもほんと、言い訳聞いてください」
 タルタルいわく、知り合いの女性から友人の分と2着のクローク作成を依頼され織った。だけど夜中に半分眠りながらやったら予定外に片方だけ気合入ったいい出来になってしまったので、泣く泣く自腹切ってもう1着織って彼女達に渡した。余ったというか気合い入りすぎた1着をどうしようか迷って、売ることも考えたが彼女たちの手前今すぐは避けたい。だけど今でこそそれ程高額ではないとはいえ、それなりに入手が困難な布を使ったわけだから、自腹切った分くらいは取り戻したい。
「悩んで出した答えが売名行為だったと」
「そうタル、ヒューム女用サイズ着られる男探すのは手間だったタル」
「返そうか」
「ごめんなさい」
「普通にヒュームの女にあげたらよかっただろ、リンクシェルにいないの」
 そう言ったらタルタルはパニックになったように手足をジタバタをさせながらお前は分かってねぇ、と叫んだ。
「あいつら、女の恐ろしい生態を知らないとかどんだけ世間知らずなんだよ、女にそんなもん渡すなんて想像しただけで恐ろしい」
「なにそれ。どんだけトラウマなんだよ」
 呆れ額でタルタルを見ると本気で恐怖におびえているのか青い顔をして身震いしていた。
「女性用バーミリノーブルは裁縫職人の鬼門。まあ要するに、だ。頼む、お礼は必ずする、タル」
 結局押し切られる形で譲り受けたクロークを着て過ごすことになった俺だが、暫くしてタルタルの怯えようの意味が少しだけ分かった、気がする。
 いつもの噴水が見える階段上で座ってシャウト待ちをしているだけなのに、鈍いといわれる俺でも分かる視線。そしてややあって話しかけられる。
 話しかけてくるのは殆ど、というか9割が女。残り1割が女性を連れた男。
 そして殆どが同じ言葉をかけてくる。
「そのクローク譲ってもらえませんか」
 バカだろ。頭のなか沸いて芋虫でも繁殖してんじゃないのか。競売見てからものを言えと思うほどに彼女達は無遠慮に俺からクロークを貰おうとする。
 好意的に考えるなら、この無駄に気合入ったクロークのミテクレが彼女達をひきつけるほどよいのだろうけれど、決まって彼女達はその後に俺が持っていても意味がないというようなことを言う。
「それって女性用ですよね、あなたが着ているより私が着るほうがふさわしいと思うのですが」
 正直、意味が分からない。
 何故見知らぬ他人からクロークを譲って貰えると思えるのか、その思考が俺には理解出来ない。
 基本的に相手はしないのだけれど、たまに食い下がってそれは私のものです、泥棒とか私が貰うはずだったとか、なにそれ怖いというようなことを叫び始める女までいて俺は別の意味で被害を被った気がする。
 噴水前は目立つんだ、本当に。
 分かるだろ。
 これ以上俺の名前を有名にしないで欲しい。
 タルタルに苦情のテルを入れると、笑いがとまらないといった様子でジャンジャン作成依頼が舞い込んできているありがとよ、と言われ忙しいからと一方的に切られた。
 どういうことなのかさっぱり理解できない。
 色々と対応は面倒だったが、大体こういった類の連中の大半は俺が振返って相手をじっと見つめると急に無言になって去って行く。理由は分からないが、とりあえず実害はないので諦めて普段どおり生活することにした。
 極希に振返ったらいきなり怒り出して、俺の脳内でフィルタが掛かるような罵詈雑言を浴びせかけられることもある。結構言われ慣れた罵倒の言葉ではあったが、俺だって気にしないわけではないのでそれなりに気分が沈んだ。
 少し弱気になってルリリに相談したら「俺のほうがかわいい」と顔に書いておけと言われた。
 顔に書いておくのは抵抗があったので、一度だけそれを言ってみたことがある。
 泣かれた。
 ちょっとへこんだ。
 結局一月ほど頑張ってタルタルにもういいだろ、精神的苦痛も含め報酬上乗せで寄越せと詰め寄った。タルタルはニヤニヤしながらお陰で儲かったタル、と一回りほど大きくなった腹を叩いた。どれだけ稼いだのかと。
 タルタルは報酬にと今度は地味な黒いクロークをくれた。
「効能は同じだけどお前好みに地味だし丁度いいだろ」
 それならと派手で目立つロイヤルも返却したかったが、押し問答の末この無駄な力作は正式に俺のものとなった。
 ロイヤルを金庫に仕舞い、貰った地味なクロークを着こんでいつもの噴水前に座る。
 うん、着心地は悪くない。少しサイズは大きいが地味なのが気に入った。
 ちょっとほくほくとしていたら背後に人影。
「自慢ですか?」
 もう面倒になってうん、そうと答えた。
 ちくしょう、ちゃんと価値を聞いておけば良かった。
 こうなることは絶対予想済だ。
 あのクソタル、いつか囓る。
 

 


 

 

End