Q016.Altana doesn't give two/Onslaught

 



 

 その日は珍しく、リンクシェルのメンバでの懇親会だった。
 普段そういったものにはあまり参加しない俺だったが、イベントと称したリンクシェル内での活動後だったのもあってなし崩し的に、むしろ半ば引き摺られるようにして連れて行かれた。
 個人的な問題ではあるけれど、大規模な戦闘を行った後は少しだけ落ち着く時間が欲しい。体のうちで煙った熱が通常温度になるまで若干時間がかかる。だからといって特に迷惑をかけるような状態にはならないが、俺自身が気持ち悪い。うまく例えられないが、興奮して眠れないときと似ているかもしれない。
 そんな状況で始まるリンクシェルの懇親会、という名前の単なる飲み会。
 行きつけの酒場の個室を貸しきって、最近流行の食べ物とお酒、そして流行歌をみんなで歌う。こういうとき何故か詩人を生業にしているメンバはあまり歌わない。どちらかというと無骨な戦士が棒状の拡声器を握りしめて夏になるとは現れるアイドルの歌を振り付きで踊って歌うことのほうが多い。汗臭くてちょっと面白いので嫌いではない。
 次々と運ばれてくるピザやポポト、サラダにトルティーヤ。
 拡声器の取り合いと奪い合いの中もくもくと食べる俺とルリリ。
「ツェラ様って歌わないよね」
 多分誰かがそう言った。
 隣でルリリが苦虫を噛み漬したような顔で俺を見る。
 ツェラシェルはいきなり振られた言葉にあからさまにうろたえていて、いや、俺は、としきりに逃げ腰になっていた。リンクシェルの女性陣が笑いながら歌ってよ、と拡声器をツェラシェルに渡した。
 彼女達は知らない。
 あぁ、でも今から知るのか。色々残念です。
 成り行きを黙って見守る形で俺は飲みかけのお酒に口をつけて身構える。
 ルリリは薄情にも耳を押さえてうずくまっていた。
 それからの数分間は唖然とする女性陣と腹筋を痙攣させて笑い転げる男性陣で分かれた。
「ま、ほら。欠点は誰にでもあるよ。アルタナは二物を与えずっていうだろ」
「フォローになってない」
 がっくりと肩を落とすツェラシェルの背中を叩くと、さらに色を薄くさせたツェラシェルが俺の飲んでいたお酒を奪って一気に飲み干した。
「お前も歌えよ」
「俺、歌知らないから」
 ツェラシェルがお酒の勢いを借りて絡んでくる。
 普段はこんな絡み方する男じゃない。それだけ時間かけて親しくなったのかな、と思わないでもないが、むしろ今の場合は照れ隠しのほうが強い気がした。
「なんだっていいだろ、なんかないのかよ。俺だけかっこわりいだろ」
 多分これが本音。
「じゃあ石の歌なら」
「やめろ、プロマシアが来る」
 頭を抱えたままツェラシェルは次々とお酒を空にしていく。
 悪酔いするだろうなあ、と思いながらも止めるのも面倒で放っておく。
「なあ、石の歌でいいから歌ってくれよ」
 そういうとツェラシェルはゆっくりと崩れるように俺の太ももを枕に寝転がった。歌うことに夢中のリンクシェルのメンバは気付かない。
「プロマシア来るんじゃないの」
「来てもいい、歌えよ。俺だけに聞こえたらいいから」
 ため息ひとつ。
 盛り上がったメンバが騒いでいる中で、うろ覚えの歌詞で紡ぐ石の歌。
 タブナジア大聖堂に伝わる神の歌だった。序章しか知らなかったが、全部知る機会があって今ではその全文が冒険者の間では広く知られている。
 失われた国の、失われた歌。
「ちくしょう、なんだよ。お前は一杯与えられてるじゃねえか」
 いつしか周囲の喧騒がやんでいた。
 俺の伸ばした手は、アルタナに届かなかった。
 かの女神は、俺の手を握り返さなかった。
 あぁ、でもそんな俺の手を握り返してきた手があったな、と思い至って思わず口元が弛んだ。
「ごめん。俺、先に帰る。プロマシア来たらよろしく言っといて」
 途中で歌を切り上げて、俺はさっさと部屋を後にする。
 続きは思わず鼻歌で。

 


 

 

End