Q008.Favor/Onslaught

 



 


 カデンツァが野良アサルト募集に乗って行ってしまったので、仕方がなく帰りを待つ。
 いつもの噴水が見える階段上でカデンツァと同じように腰を下ろしていたら、必死で笑みをかみ殺し、ポーカーフェイスを作ろうとするエルヴァーンの赤魔道士に声をかけられた。どうやら置いていかれた一部始終を見られていたらしい。
「珈琲くらい一杯付き合えよ」
 そう言うと一瞬驚いて、それからややあっていいだろうと返って来た。
 いつものようにシャララトの奥に行き、珈琲をふたつ注文すると律儀に銅貨を渡してくる。俺に借りは作らないぞ、ということか分からないが、たまにはおとなしく奢られておけと思わないでもない。
「いい天気なのに残念だったな」
 珈琲に口をつけながらエルヴァーンの赤魔道士、ツェラシェルは言った。
「お前も暇してるんだろ」
 どうせカデンツァを誘い損ねたのはお互い様だ。こんな早朝にあの場所に来る理由など、ツェラシェルでなくとも狙いは明白といえる。
「図星」
「うるさいな」
 思わず二人で顔を見合わせて噴出した。
 ひとしきり笑っていたら、ヒュームの女性冒険者が二人近づいてきておはようございます、とハーネスで強調された胸を見せ付けるように俺たちに向かって腰を下げた。彼女たちが二言目を口にする前にツェラシェルがあからさまに不快な顔をする。
「ごめんね、俺たち連れと待ち合わせ中なんだわ」
 とても残念そうに作り笑顔でそういうと彼女たちも残念、とあっさりと引き下がる。
 去っていく彼女たちの背中に視線を向けながら、ツェラシェルが小さく言った。
「あんたは無駄に爽やかだな」
 無駄とか、処世術と言って欲しいところだ。むしろ誰にでもいい顔をしているのはそっちのほうだろうに。八方美人とはまさしく目の前の男のことをあらわす言葉だと思う。
「俺はああいう自分の価値を分かって利用するタイプは苦手だ」
 そう言って本当に不愉快そうな顔をする端正な顔立ちの赤魔は珈琲に口をつけることで誤魔化した。
「どういうことだ」
「自分は美人だっていう周囲の評価を理解してるってことだよ、全部言わせるな」
 俺は思わず顔を顰めた。
「今の子、そんな美人だったか?」
 今度はツェラシェルのほうが顔を顰めた。
「お前とは女の趣味はあわんらしいな」
「いや、そうじゃなくヒュームなんて男も女もみんなあんなもんだろ?」
 正直な感想だった。
 先ほどの女性がとくに美人だったかと聞かれると困る。俺にとっては可もなく不可もない、ありふれた顔立ちだと思ったからだ。
「カデンツァを見慣れすぎておかしくなってないか、それ」
 ため息混じりでツェラシェルが珈琲を置いた。
「カデンツァ関係ないだろう」
「いいや、お前の美的感覚は狂ってる」
 そうだろうか。
 確かにカデンツァは整った顔立ちをしていると思う。美人かと言われれば美人だと思うが、それよりも振り返って俺にぎこちない笑みを向ける瞬間や、じっと俺を見上げて目を細める瞬間のほうが俺にとっては美しいと感じる。
 それは顔の造詣の問題ではなく、俺がカデンツァを好きかどうかだ。
 無表情に細い指が俺の頬をつまむのも、心細そうに俺の袖を引っ張るのもどの表情もとても綺麗だ。
「好きなら、どんな顔も仕草も綺麗だろ」
 血のように鮮やかなガーネットを思い出し目を伏せる。
「なんか、まぁ、あんたがカデンツァ以外に全く興味がないことはよく分かった」
 残った珈琲を一気に飲み干してツェラシェルは立ち上がった。
「ご馳走様。色んな意味で」
 そういうとツェラシェルはさっさとシャララトを出て行く。
 俺はその背中を見送って珈琲を奢った覚えがないことを呟いた。

 

 

 

End