Song of Soul/Onslaught

 




 詳しく説明なんてする暇はなかった。
 もし、うまくいけばちゃんと説明する。俺が生きて戻れば、発端から全部話すから、その時は俺の愚かな行為も含めて全部聞いてくれ。ああ、俺はお前とももっと早く会いたかったよ、そうすればカデンツァをここまで追い詰める事もなかった。違う場所で出会っていれば、今頃は違う未来があいつにも待ってたんだろう。
 もう、見ないでやってくれないか。
「俺が失敗したら、リンクシェルの連中つれて新種のソウルフレアの退治を頼む」
 驚いた顔、当然だ。そして握り締められた拳が振り上げられることも想定済だった。
 身体を無理にひねってなんとかそれを避けると、何か喚いたツェラシェルの背中に帰還の呪符を押し当てる。封を切ったそれはすぐに効果を現し始め、ツェラシェルは再度俺を酷く罵った。もう、その罵詈雑言の半分も俺の耳には届かない。
 魔力の渦に飲み込まれるツェラシェルを最後まで見送ってから、ゆっくりと扉に視線を移した。
 歌うように、短剣を握り締め直す。
 染みついた聖歌隊の歌。
 もはやこれは何の歌だったか忘れてしまったが、神が歌うとされる歌だ。聖歌の割にもの悲しげな旋律で、よくカデンツァが口ずさんでいたように思う。俺たちエルヴァーンとは違った、ヒュームの柔らかい声で、丁寧に歌い上げられるその歌は信仰のない俺の胸にも響いた。
 いや、今なら分かる。
 カデンツァが歌うから、この歌が好きだった。
 カデンツァが好きだった。
「もう一人にしない」
 それが俺の覚悟。
 扉に何かが押しつけられる音。それはなぜか汁気があって、海棲生物を思わせた。
 ゆっくりと隙間が出来ていく扉。細く白い指が見えて僅かにホッとするも、その向こうにいるのはカデンツァに似たなにかであることは明らかだ。目をそらさないよう、じっと扉が開くのをただ待つ。
 口ずさむ聖歌。

 ときがすべてをながすのは、犯したつみをゆるすため。
 私が生をうけたのは、あなたに歌をうたうため。

 涙で歪んだ視界。いや、涙だけじゃない。扉を開けて通路を進んでくるカデンツァの気配だけがはっきりと分かった。
 俺を見付けて伸ばされた腕が、まるで俺を求めているようにも思えた。絡んだ腕が俺を締め付けてくる。細い指先が俺の頬を撫でる。
 なあ、まだ俺が分かるか。
 カデンツァ、涙を流す魔物がこの世の何処にいる。
「お前は魔物なんかじゃない」
 こんなにも苦しんで、痛みに泣いて、それでも耐えて耐えて耐えて。
 最後くらいは苦しまずに。俺でごめんな。最後にお前を抱きしめている手が、俺なんかでごめん。
 カデンツァの小さな後頭部に手を回して抱きしめた。強く。お前が満足するなら、俺を喰らってくれてもよかった。でも、それはお前が苦しむだけなんだよな。魔物じゃないんだ、お前は。
 足下に溜まった血でバランスを崩す。カデンツァの小さな身体が、俺の身体を支えた。
「あぁ、」
 離してはいけない手を離した俺が馬鹿だった。二度ならず、三度も。
 白い顔に唇を寄せて、対照的に赤い唇に自分のそれを重ねた。まるで抱き合いながら、俺はカデンツァの背中に刃を向ける。その切っ先が柔らかなカデンツァの身体に沈んでいく感触を手のひらで感じながら、酷くあふれ出した涙がカデンツァとの距離を限りなくゼロにした。
 短剣の切っ先が、何かかたいものにあたった瞬間だったと思う。
 おぞましい気配が足下から急にわき上がった。
「ア、ァ、アァ」
 きっとこれが解放の瞬間なのだと、勝手に思った。これでカデンツァは解放されると。
 悲鳴を上げたカデンツァの身体を強く抱きしめたまま、もう二度と離すものかと最後の力で腕に力を込めた。閉じていく意識の中で俺は遠いあの日のロンフォールに思いを馳せる。
 一緒に手を取って、大聖堂からロンフォールを駆け下りて。俺は紺色の修道服を脱ぎ捨て、カデンツァはそれを見て、少しだけ笑った。
 暖かくて、柔らかな日差し。


 暖かい。なあ、カデンツァ、ここは暖かいよな。
 あたたかいんだ。

 

 

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