石畳の緋き悪魔/Onslaught

 




「終わったらさっさとどけよ」

 俺の中で精を放ち、大きく息をついた白魔道士。
 俺の身体を蝕んでいく、負の力。俺は自分のためにこの力を求め、初めて自分のために使う。胸の前で結ぶ、ザッハークの印。鋭利な爪が白魔道士ののど笛をかっきったのは一瞬。
 オンスロート。
 リレイズなんかさせない。白魔道士の驚愕に見開いた目を一瞥すると、吐き出された血が、俺の胸を緋色に飾る。
「カデンツァ!」
「その名前をお前が呼ぶな」
 身体の中に未だとどまる白魔道士を蹴り飛ばし、立ち上がる。ナイトは俺の殺気を受けてすぐに近くの剣に手を伸ばすが、その腹が邪魔をする。俺の方が早く剣を握った。
 このご時世魔物に殺される冒険者なんてごろごろいる。俺は慎重に、片手で印を結ぶと左腕を鋭利な蠍の爪へと変えた。こんな場所に蠍がいるはずがないけれど、そんなものは後でなんとでもなる。驚いているのか動けないレヴィオを尻目に、俺の左腕がナイトの眼前に振り下ろされた。
 飛び散った血は俺だけじゃなく、レヴィオをも赤く染め上げていく。

 それはとても緋くて。

 高揚感があったなんて、言えない。
 俺は魔物だと、確信したなんて、言わない。
 もう、アルタナの子でいられるなんて、思わない。

 レヴィオに馬乗りになって、喉に剣を添えた。
「人の俺に殺されるか、魔物の俺に殺されるか、選べ」
 人の血で緋色に染まった俺は、緋き悪魔。
 朽ちていくだけだったこの身を、解き放ったのは。
 緋色の髪のお前だ。
「カデンツァ、たすけてくれ」
「多分さ、俺も同じ事あんたに言った」
「逃がしてやったろ、なあカデンツァ」
「あんたには感謝してた」
 胸に指を這わす。
 指先が指し示す場所。心臓は、此処だ。
「なぁ、レヴィオ」
 片手剣を握る指に、僅かに力を込めた。喉に食い込む切っ先を、怯えた瞳で見つめるレヴィオ。俺は、これ以上力を入れられないまま唇を噛む。
 なんで今更。どうして今更言ったのか。
 会わなければよかった。墓場まで持って行ってくれたらよかったのに。
「俺はさ、あの地獄から救い出してくれたあんたに、本気で感謝してた」
 正直、世間を知らなかった俺にとって外の世界も思ったよりずっと地獄だった。
 それでも、あの閉塞した空間にいるより、ずっと俺は生を感じた。
「俺は」
「俺はな」
 俺の声を遮って、レヴィオが目を伏せた。
「お前が俺を縋るような目でみるのが、好きだった」
 剣を持つ手に、そっと重ねられるレヴィオの手。
 戦慄く唇。
「俺だけが、お前の唯一の味方だと」
 実際そうだったじゃないか。
 叫びそうになるのを堪える。あんたは残酷過ぎる。
「本当は、お前に群がるやつらから、守りたかった」
 それは歪んだ感情。
 剣を握る指を、ゆっくりと解いていくレヴィオの手。俺は力を込めることも出来ずに、なすがまま指を一本、また一本とほどかれていった。
「なぁ、カデンツァ。俺だけはお前の味方だっただろう?」

 最後の一本が、剣からゆっくりと離された瞬間。
 目の前に、垂直に落とされた蒼いレイピア。

 悲鳴は聞こえなかった。
 見開かれたレヴィオの目。くすんだ目に、蒼いレイピアが映っていた。
 顔を上げることも出来ずに、無様に唇を何度もあけては閉じた。音を立てて剣が俺の手のひらから零れ、レヴィオの横に転がる。
「ア、ァ」
 転がった刃に映ったのは、緋い男。
 俺以上に、真紅の、赤魔道士。

 
「俺が、いるだろうが」


 

 

Next