Regret/Onslaught

 


 

 絶対に金で解決はしない。
 そう決めて、新米冒険者のカデンツァと一緒にウィンダス近辺を走り回った。
 ピカピカの冒険者証を誇らしげに握り締め、カデンツァは森の区にあるガードハウスでスタンプを貰う。普段俺たちが嫌う、取るに足らない「おつかい」すらもカデンツァは楽しそうにこなす。
 とはいえウィンダスはなかなか特殊で、あの小さなタルタルが足元で「冒険者さんおねがいします!」なんて頭を下げれば、大抵のヤツなら二つ返事で引き受けてしまいがちだ。だがカデンツァは違う。頭を下げたタルタルの視線まで腰を落とし、カデンツァは無表情で手を差し出したのだ。
 この光景は筆舌に尽くしがたい。
 笑いを堪えるのに必死だった。依頼したタルタルは一瞬素に戻ってから、カデンツァの手に貨幣を握らせ、小さくよろしくおねがいしますと言った。ある意味キキルンよりしたたかな瞬間を見た気がした。
 多分あの時、俺が握らせた金なんてあっという間に底をついただろう。
 カデンツァの根底にあるのは困窮だ。
 金は裏切らない。それは俺自身が一番よく分かってる。今更言い訳するつもりもない。だけど、あのときの俺には、あれが出せる精一杯の金貨だった。今でも思い出すと胸が詰まる。
 別のタルタルから金貨の詰まった皮袋を報酬としてもらい、カデンツァは満足そうに俺を振り返った。
「これで一杯やろう」
 誘われるままに水の区にある音楽の森レストランへと入った。
 カデンツァは空いている席に座るとすぐに酒を注文する。慌てて適当につまめそうなものをみつくろって追加して、カデンツァの向かいに腰を下ろした。
「よく利用するのか」
「いや、全然。はじめて入った」
 そういってからカデンツァは物珍しそうに店内を見渡し、マグを運んできたタルタルから酒を受け取った。ブリキとブリキが重なる金属音。短くおつかれと交わした乾杯の言葉。ありふれた日常。
「明日ギデアス行ってアップルビネガー届けてくる」
「逆だろそれ」
「そうだっけ。あとなんか本返して貰わないと」
 笑いながら酒をあおる。カデンツァは一緒にあれとこれと、と端末にメモした頼まれごとを読み上げては俺に確認してきた。俺は新米冒険者の楽しみを奪わない程度に口を挟み、運ばれてきたウィンダス風サラダやトルティーヤに手をつけた。
 あまりにもありふれた情景。
 出会う場所が逢えば、きっともっと早くこうしていたに違いない。
 そんなこと、思ってはいけないのに。
「早くチョコボに乗りたい」
 アクババの手羽先をつまみながらカデンツァが小さくそう言った。
 冒険者になればチョコボに乗れると思っていたカデンツァは、真っ先に冒険者証を握り締めてチョコボ厩舎に行った。説明していなかった俺も悪かったが、免許がいると聞かされたときの落胆した表情がトラウマ並に脳裏に残っている。免許がジュノで取得出来ることは聞いた様子だったが、まずは地道に冒険者の下積みをすることに決めたらしく、こうしてカデンツァはウィンダスにとどまったままだ。
「レヴィオは飛空艇にも乗れるんだろ」
「あぁ、うん、まあね」
「一流冒険者だね」
 なんだそれ、と聞き返せば、偉そうなタルタルが言ってたとか。
「南の方に、ミスラたちがいる島があるんだろ。エルシモフロッグがうまいとかなんとか」
「いやエルシモフロッグは喰わないだろ、喰うならニュートじゃねえかな」
 そこまで言ってから、エルシモフロッグには毒があるだろうとか、でもミスラは生食したなとかどうでもいい情報が頭をよぎったが、それ以上に目の前でニュートってなんだと言わんばかりに目を輝かせるカデンツァが気になった。
 エルシモニュートはエルシモフロッグと同じくエルシモ島に生息する両生類だが、フロッグの使い道はともかくニュートの方は黒焼きにして食せばそれなりに美味だ。
 串焼き通の俺から言わせればイボガエルの方が食べやすい気がするが、どちらにせよゲテモノであることには変わりない。見た目はどいつもこいつも酷い。俺なら味も含めて素直にブラックイールの串焼きを勧める。
「どれも食べてみたいな」
「あぁ」
エルシモ島なら、カザム行きの飛空艇パスがあれば渡航できる。そう思い出して少しくらいならいいだろうか、と考えて、やめた。カデンツァの楽しみを奪うのはよくない。
 でも、これくらいなら。
「明日のギデアス、ちょっと俺の用事もいいか」
「もちろん」
 もうしばらくすればカデンツァは冒険者として他国も回ることになるだろう。そしてジュノに向かうことになる。
 その時に手持ちにあれば。そうすれば、すぐにでもパスを発行して貰える。

 だがそんな俺の考えは、それからすぐに打ち壊されることになる。
 数週間後、他国を経てようやくジュノの大使館に出向く事になったカデンツァは、俺が案内したエルシモ行きの飛空艇乗り場にてパス発行手続きを受け付けるガルカに躊躇いもなく金の詰まった袋を差し出した。
「おい、鍵あるだろ」
 思わず横から口を挟んだら、カデンツァは不思議そうに俺を見上げた。
「これはレヴィオが俺に取ってくれた大事な鍵だから渡せない」
 いや、俺は。
 カザムパスのためにその鍵を。
 俺は何も言えなくなって、結局カデンツァは15万ギル近い金を払ってカザム行きの飛空艇パスを手に入れた。嬉しそうに冒険者証の裏側に発行の証を入れて貰い、両手でその証を俺にみせる。
 カザム行きの飛空艇が来る時間まで大分あったのもあって、チョコボ厩舎で免許取得の手続きをすることにして上層へと移動した。
「お金はまた稼げばいいから」
 長い階段を上りながらはっきりとそう言ったカデンツァに、俺は余計な事をしたのではないかと思い口籠もる。
「ほら、お金で買えない価値がある、ってなんだっけ」
「東ミンダルシア信販」
「そう、それ。『思い出はプライスレス』」
 カデンツァがあまりにも突拍子もなく、有名な役者の真似をしたから思わず声を出して笑ってしまった。似ていたかと言われると微妙だが今の仕草は胸に焼き付いた。
「ごめんね」
 そう小さく謝ったカデンツァ。
 俺はやっぱり余計な事をしたらしい。でも多分、しなかったとしても同じ結果だったに違いない。
 俺にもカデンツァにも、二人で一緒に取った鍵は共通の思い出を作った。
 その思い出は負の思い出ではない。
「いや、そうだな。金は稼げばいいよな」
きっとその金稼ぎすら、共通の思い出になる日が来るだろう。
 とりあえずは、まずは当初の予定通りエルシモ島へ。
 色々案内したいのをぐっと堪えて、俺はカデンツァが見聞きした新しいものを一緒に見て回ろうと思う。
「目指せ一流冒険者」
 うむ、それがとりあえずの合い言葉だな。
「おう、頑張ろうな、ひよっこ冒険者」
 そう返したら、カデンツァが振り向いて楽しそうに笑った。

 

 

End