RAIN/Onslaught

 



 石畳に染みこむ霧のような雨が降り注ぐ、皇都アルザビ。
 さすがにこんな天気だと人通りも少なく、いつもは活気のある噴水前にも人はまばらだった。当然、各種募集も少なく、雨の音だけが無意味に響く。
 俺の特等席は雨をしのぐ屋根などない場所だ。少しだけ移動して、屋根のある場所に腰を下ろした。ヴァナ・ディールなら、ウェザーリンクシェルで各地の天気をある程度調べることが出来たけれど、アルザビにはそれはない。多分この空模様から言って、今日は一日中雨なのだろう。湿気を含んだ髪の束が額に張り付いた。
 雨は嫌いじゃない。
 こうやって、濡れるのも、悪くない。
 そんな得体の知れない感傷に浸っていたら、リンクシェルから控えめに声をかけられた。こういうときは決まって何か「お願い」が付いてくる。別にそれが嫌なわけでもないけれど、いつもと違う扱いに戸惑うのも確かだ。
『暇だったりする?』
 暇だったりする、と聞く事は最初から暇だろう、と決めつけられているに違いない。実際予定が入っていることは稀で、大抵の場合彼らの言うままについて行くのだから。つい苦笑いを浮かべながらリンクシェルには特に何も予定がないことを伝えた。
『よかった』
 黒魔のホッとした声が零れる。
『実はさ、レヴィオさん呼んだんだけど、やっぱり誰も知り合いいないのはよくないかなって思って。カデンツァ空あんまり好きじゃないのは知ってるんだけど、来てくれないかな』
 そう言えば今日はリンクシェルの大半が空と呼ばれるトゥー・リアに行っている日だ。うちのリンクシェルはモンスターと戦うことを目的としたリンクシェルではないので、そういった人数を必要とする戦闘の際は外部から何人も手伝いを募ってイベント的に行っている。今日も多分、いろんな人に声をかけていたに違いない。俺に声がかからなかったのは、空が物理的に苦手なことをリンクシェルのメンバが知っているからだ。
 渋ったわけではなかったが、わずかに開いてしまった間に、彼は続けて、いるだけでもいいから、と小さく付け加えてくれた。空が嫌なわけではなかったけれど、空メンバにはツェラシェルがいる。それが一瞬躊躇った理由の全て。
「行けるよ」
 そう言うと黒魔はありがとう、と繰り返した。行くって言っただけでこんなに感謝されるのも心苦しい。とはいえ、もうやっぱりやめた、なんて言えそうにない雰囲気だ。重たくなった腰をあげて、リンクシェルに聞こえないように溜息一つ。鞄の奥底にしまってあったテレポの魔法が込められた指輪を取り出すと小さく祈った。
 祈りの言葉は、聞いたこともない古代の言葉。
 意味が分からない方が、今の俺には都合がいい。祈りだなんて、反吐がでる。
 目を閉じて数秒、足下から沸き上がる風にのって何処までも高く飛ぶ感覚。目を開ければそこはコンシュタットだ。無限に拡がる緑の大地。冷たいサーメットの建造物と、魔力が渦巻く奇怪な音が耳を支配する。ゆっくりと階段を下りて、近くにある崩れたクリスタルに触れると今度は吸い込まれるようにして建造物の中へと転移した。
 古代のクリューだかジラートだか知らないが、こんな大がかりな建造物を造ってまで神に近づき、あるいは神となりたかったのだろうか。今となっては知るよしもないが、トゥー・リアへの転送装置が未だに生きているのは冒険者としてはただありがたい。
 3度目になる浮遊感。慣れない感覚に顔をしかめ、まぶしさに目を細めるとそこは、空。
 一瞬目眩を感じながらも両足に力を込めて踏ん張る。蹌踉めいた姿はリンクシェルのメンバには見せられない。みっともない、とか、そんな気持ちがまだ自分にあったことに少しだけ驚いた。持ってきた緋色のクロークを目深にかぶり、リンクシェルに向かって着いた、とだけ言った。
『ごめん、今ヴェ・ルガノンだから先に朱雀行ってて、レヴィオさんも向かってるし合流お願い』
「了解」
 身体が押しつぶされるような感覚の中、記憶だけを頼りにル・アビタウ神殿正面から南へと向かう。
 トゥー・リアは空中都市だというのに、どこからともなく流れてくる美しい水に、繁茂した緑が美しい場所だ。ここが空中でなければ納得出来るが、事実クフィム島の、いや、デルクフの塔の真上に存在している。この水は一体何処から来て、何処へ行くのか。地上へと落ちていく水の流れをぼうっと見ながら、これが雨になるのだろうか、この流れにのると、何処へ行くのだろうか、なんて愚かなことを考えた。

 

 

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