Prayer/Onslaught

 




 アルノー様、テオドール様、そして俺。
 閉め切った聖堂内には、この3人しか存在していない。
 裸のまま立たされなかっただけマシなのかもしれない。シルクの上等なクロークを着せられ、涙の痕は丁寧に拭き取られた。
 歩くたび、中のつるからあふれ出した粘液が太ももを伝っていく。シルクの下衣はすぐに染みとなって傍目から見ても分かるようになるだろう。思い出したように内側で蠢くつるがたてる水音は、何処まで聞こえるのだろうか。
 力を抜けば重力に従い音を立てて抜けていく。かといって締めつければつるの感触を中で味わう事になる。いつ動くかも分からないつるを入れられたまま、壇上で張り付いたような笑みを浮かべる俺は道化師だ。
「楽園への道はけして、平坦なものでは御座いません」
 語尾が震えているのが分かっているのだろう。先ほどからやけに嫌な視線を感じる。
「奉仕の心が」
 何が奉仕の心か。むしろ笑えてくる。
「大切なのです」
 教典を持つ指先が震えた。
 先ほどから活動を再開したモルボルのつるは、その異常な再生能力で俺の身体の中を動き回る。声が裏返りそうになるのを押しとどめ、からからに渇いた喉を唾液で潤した。
 腰の裏側にじん、と響くような場所を何度も掠められ、身体が飛び跳ねる。
 目の前で話を聞くテオドール様もまた、俺の状況を知らされているのだろう。俺が言葉に詰まるたび、声が掠れるたび、満足そうな視線を投げて寄越した。
 もう何まで話したのか、何処まで話したのか分からなくなってくる。
 それでも、もう、幻だと分かっていても。このチャンスが、二度とないと分かっていても。
 今だけは、この聖堂で、俺が。
「皆様に楽園の扉が開かれますように」
 最後の言葉を何とか発し、両腕を伸ばし深くお辞儀する。
「カデンツァ」
「ひぁっ」
 ほっと、息を吐きかけた瞬間突然名前を呼ばれて思わず声が漏れた。
「緊張していたのかね、この程度の講話も満足に出来ぬとは」
 明らかな失望の演技。
 こんなもの、俺がヒュームだろうが、そうでなかろうが同じ事だ。例え、俺が満足にやりきったとしても、アルノー様は同じ事をおっしゃっただろう。
「よい、アルノー、叱るな。楽しい時間を過ごした」
 テオドール様がアルノー様を遮って、俺に近づく。
「テオドール」
「講話などどうでもよかったが、この美しい顔が苦悶に歪むのは中々見応えがあったぞ。途中で何度貪りたい衝動に駆られたか分からぬ」
 そう言って俺の頬に伸ばされた手。
 だが俺の膝は、その手が頬に届く前に床に崩れ落ちた。
 ごっこ遊びにすらならなかった俺の講話。
 ダメだ、泣くな。泣くな。
「アルノー、ここでもよいか」
「構わんよ」
 崩れた俺の腕を取り、テオドール様は聖堂の床に俺の体を押しつけた。腰が引ける。
 ダメだ、ここは聖堂で、後にはアルタナ様の裁きの光が。
「やッ、やめてください、ここは、アルノー様」
 縋るようにアルノー様を振り返るも、交差した視線は絶望しか生まない。
「ここは神聖な聖堂です、おやめください。場所を、お願いします、場所を、かえ」
「その神聖な聖堂に、こんなものをこんな場所に入れているおまえが何を言う」
 ぐしょぐしょに濡れた下衣ごと尻を捕まれて、堪えることなどできなかった。
 大粒の涙が、顎を伝って落ちていく。

 しっかりと咥え込んだつるを遠慮なく引き抜かれ、代わりにテオドール様が這入ってくる。突き上げられ、折れそうな程に反らした背中。背後に見える、裁きの光は俺を裁かない。
 そこに、女神などいない。在るはずがない。
「噂に違わぬ名器よ、ぎゅうぎゅう締め付けて離さぬ」
「あぁ、アルタナ様」
 揺さぶられながら、大切な名前を口に出す。


 カデンツァを、お赦しください。


 いつの間にか気を失っていた。
 人の気配を感じてうっすらと目を開けば、心配そうに覗き込むレヴィオと目があった。毎回、後始末に借り出される彼もまた、被害者なのかもしれない。
 服は整えられ、ここで何があったなど誰も分かりはしない。
「部屋へ、戻ろう。カデンツァ」
 頷くとゆっくりと肩を貸された。
 聖堂を出て、廊下を無言で歩く。自室となった物置の前につくまで、レヴィオは何も言わなかった。部屋の前につくと、どうする、といった表情で俺を見るレヴィオ。俺は無言でレヴィオから離れた。
「大丈夫か」
「大丈夫だよ」
 そうとだけ言って、部屋に入る。
 入った瞬間、扉を背に体が崩れた。
 扉越しに感じるレヴィオの気配。

 泣くな。泣くなよ。まだレヴィオがいる。聞こえてしまう。
 そう思っていたのに、溢れる涙が止まらない。
「うあ、あぁ、ア」

 俺は、廊下にまで響くほどに、大きく、声を上げて泣いた。

 


 

 

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