Elysion/Onslaught

 



 
 結局、咳の苦しさで俺は気を失えないまま行為を終えた。

 熱のせいか、内側がとろけるようで酷く気持ちがよかったと言われ、俺は複雑な笑みを返すことしかできなかった。いっそのこと、身体なんて壊れて砕けてしまえばいい。そうして、俺は魂だけの存在になる。
 きっと、これが、苦痛のない、楽園なのだ。
 其処には、きっとアルタナ様がいる。

 足りない。いくら祈っても、足りない。俺の信仰は足りない。
 足りないから届かない。いくら手を伸ばしても、届かない。

 俺の手は短くて、背も、足りなくて。

 ふらつく足で部屋へ戻り、開けた扉の隙間に身体を滑り込ませる。
 そのまま壁に身体を預けて、音を立てながら俺は床に崩れた。灯り一つない部屋は暗い。
 この闇で、寒さに震えながら、眠らなくてはならない。咳はいっそう酷くなった。
「よう、おかえり」
「ひっ」
 突然ランプの灯りがともされ、俺は情けない声を上げた。
 古い木箱の上に、いつからそうしていたのかレヴィオが座っていた。
「寒く、なかったのか」
「お前がここで生活してんだろ」
 そうだけれど、と言うとレヴィオはまたため息をつく。
 ため息は、きっとレヴィオの癖。俺の口癖と同じだ。
「ベッド入れ」
 そう言われて、這うようにして粗末な寝台にたどり着くと、感触が違う。
「なに、これ」
 その感触は、温かな厚みのあるコットンシーツだった。
「いいから入れ」
 有無を言わさず狭いベッドに横にされた。
 暖かい。丸まって感動していると、レヴィオが俺の背中を押してくる。
「なに、レヴィオ」
「もう少し奥詰めろ」
「なに、ちょっ」
 朽ちかけのベッドはレヴィオと俺の体重でギシギシと嫌な音を立てる。ただでさえ狭い処に、俺の身体より二回り、いやもう少し大きいであろうレヴィオが押し入ってくるのだ。
「やッ」
「熱いな、お前。いいから黙ってこっち向け」
 無理矢理背中を抱えられレヴィオの方を向かされる。
 小さなベッドで、まるで抱き合うように向かい合い、レヴィオの腕で身体を支えられる。暖かくて大きな手が、俺の背中を抱いている。俺の身体はとても熱いのに、レヴィオの手は暖かい。この暖かさは何なんだ。
「俺のシーツと毛布を持ってきた」
「馬鹿だろ」
 そう言って咳き込むと、レヴィオはもっと俺の身体を強く引き寄せた。
「寒くないか?ほら、口あけろ」
「やだ」
「いやじゃない。変なクスリじゃない、ただの解熱剤だ」
 指で口をこじ開けられ、無理矢理歯を割って錠剤を押し込まれた。
 薬にはいい思い出がない。それがただの風邪薬だと分かっていても、飲み込むのを躊躇うほどに。
「アルタナに誓って変なクスリじゃない」
 その言葉に絆されて、必死に飲み込むとレヴィオが頭を撫でてくれた。それはまるでよくできましたと子供を誉めるかのようで、俺は目を閉じる。
 目を閉じれば、温もりだけが俺の外側を溶かしていく。
 溶けていく。
 俺は魂だけになってアルタナ様のところにいけるのかな。
 アルタナ様は、こんな俺の手でも、取ってくださるだろうか。
「レヴィオ、俺」
「喋るな、寝ろよ」
「俺、楽園にいけるかな」
 レヴィオが息を飲んだのが分かった。
「馬鹿なこと考えるな、お前は今弱ってんだ。…クソ」
 強く背中を抱かれ、蕩けていた俺の身体は急に現実に引き戻される。

 ねぇ、レヴィオ。
「…楽園へ、還りたい」


 

 

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