Departures/Onslaught

 




 湿った土に頬を押しつけて、何度もレヴィオの名を呼んだ。
 馬鹿みたいに熱い身体の中心と、握り込んだ勃起したペニス。手のひらに吐き出した白濁の液体が指を伝って地面に吸い込まれた。自分ではどうにもならない熱に、もどかしさと、誰かの手を借りなければならない焦りだけがつのる。
 アルザダール遺跡への入り口になる洞窟。今だけは、滅多に傭兵が訪れない辺鄙な入り口と、いつもなら居るはずの不滅隊の姿がないことに感謝した。
 二度目の絶頂に身体が震える。
 それと同時に一人では処理出来ない熱を痛切に感じて、絶望を味わった。
 頬についた泥を落とし、よろよろと立ち上がる。
 誰でもいい、誰か。
 皇都に向かって歩き出した俺の目の前に、コリブリを狩るパーティが見えた。もう時間も遅い、辺りは日が暮れて随分と立っていた。この夜間という時間帯に、誰とも組まずにワジャームやバフラウで不用意に狩りを続ける傭兵は珍しい。夜間には、フォモルと呼ばれる怨霊が徘徊するからだ。
 不意に後方から物悲しげな楽器の音が耳に届く。それは現在のアトルガンでも聞き慣れない旋律だったけれど、それが滅んだ王国の鎮魂歌の類と想像するのは容易かった。皮肉なものだと思う。誘われるよう奏者の方を向けば、そこにはまるで寄り添うかのようにして音楽を奏でる詩人と、盾を持つナイトの姿が見えた。
 彼らも一緒に戦ったのだろうか。怨霊と呼ばれ、忌み嫌われるフォモル。本当に彼らは復讐がしたくてこの地にとどまっているのだろうか。今もなお戦争は続いているのだと 信じて、ただ彼らの戦争を、彼らの記憶の中で繰り返しているだけなのかもしれない。
 音楽を聞き入っていたように見えるエルヴァーンナイトの姿が、よく知る人の姿に重なった。
 考えることと言えば、今からどうやってこの熱を処理するための誰かを捕まえるか、ばかりだったのに。だけど、その想像上の探している誰かの姿はいつも同じだったということに気がついてしまった。
 その人はいつも朱い髪を綺麗に立てて、お揃いのアトルガン装束を着て、腰にはいくつもの短剣がぶら下がっていた。背が高くて、手も脚も長くて、見上げたらすぐに背を屈めて俺を覗き込んでくる海色の瞳を思い出 してしまった。
 皇都へと続く門をくぐって、向かおうと思っていたアルザビの酒場。
 記憶の中、過去の俺が、酒場のカウンター奥で声が掛かるのを待っている。
 もうあの場所に、もう俺はいないのだ。
 方向を変えて、身体を引きずるようにして辺民街区へと向かった。
 自分のレンタルハウスを通り過ぎて、人気のない奥の区画へと足を踏み入れる。アトルガン皇国との国交が再開され、エラジア大陸に渡った多くの冒険者が最初に住むことを許された居住区。その後数年、様々な理由でその土地を去らざるを得なくなった者達の跡地とも言える区画だった。多くの部屋が、二度と戻る事のない主をただ待っている。
 その中の、一つ。
 今も主が帰宅する部屋がある。
 今はもうすっかり寂れてしまった石造りの集合住宅。元々は兵士達の居住区だったか、それともイフラマドの住宅街だったのかもしれない。多くの傭兵を住まわせるために作られた新区画とはその様相も雰囲気も全く違う。
 時間は真夜中。
 傭兵にとって、時間の感覚とはとても曖昧なものだけれど、やはり夜という時間は眠る為にある。
 ドアの前に立って、もう寝ているかもしれないだなんて、今更怖じ気づいたようにノックを躊躇った。振り上げた拳が、ドアの手前、宙で止まる。
 なんて声を掛けたらいいのか。
 分からなくて立ち尽くす。
 そう言えば、何度も来ているのに、自分から訪ねてきたことはなかった。そうしたくなかったわけではないし、来たくなかったわけでもなかったけれど、まるでいつも先回りされるかのように促されていた気がする。そこに俺の意志を挟む余地はなかった、とでも言うべきか。
 嗚呼───、唐突に理解した。
 彼もまた、怖かったのだ。俺が行かない、行きたくない、と、言わないように、言わせないように、先回りしていたのだ。
 俺たちはとても臆病で、不器用だ。
 時間が掛かってしまったけれど、俺は気付いた。分かってしまったよ。
 レヴィオ、俺はあんたが好きなんだ。この熱は、きっとあんたじゃなきゃダメなんだ。

 一度は下ろしてしまった拳をあげて、俺は控えめに二度、ドアを叩いた。


 

 

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