Collapse/Onslaught

 




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 そうだ、俺は狂ってるのだろう。
 緋色の髪を持つエルヴァーン。カデンツァの過去を知る男。そして、カデンツァが躊躇いながらも殺そうとした男。彼との間に何があったかなど推し量れるはずもない。話してくれるまでは、聞かないと決めた。

 殆ど裸に絡みついているだけの、雨をぐっしょりと含んだ装束を脱がす。代わりになる着替えもなくタバードを脱いで代わりに着せた。冷たい肩を引き寄せると、本当に小さくカデンツァが震える。
 無様に下半身を晒したまま事切れた白魔、鎧を脱いでいたナイト。周囲の惨劇はこの場で起こったことを克明に俺に伝える。数週間前にここでカデンツァを襲った不幸。今度は同じ人の手によってもたらされたであろうそれを、俺は許すことが出来そうにない。
 雨でよかった。雨は色んな痕跡を洗い流し、消してくれるだろう。
 ホラへの移転魔法を詠唱すると、不安そうな視線が向けられた。それでも彼は、カデンツァは逃げなかった。諦めにも似たため息をついてそっと目を伏せる。
 長い睫毛が頬に影を落とした。


 初めて逢ったときもそうやって目を伏せて、緋色のクロークを目深に被ったまま、息を潜めて立っていた。その様子がやけに目を引いて、俺は目が離せなかった。クロークから僅かに覗く鳶色、いやガーネットの瞳、それは大きくも小さくもないが魅力的で、引きつけられる。
 息を飲むような美人。それがカデンツァの最初の印象だった。
 くちびるに笑みは形取られても、心の底から笑っているわけではない。人の輪の中にいて、それは異色だった。青魔道士という職業がそう見せるのかもしれないが、俺にはそれだけとは思えなかった。
 内包された相反するモノ、二律背反。
 人の輪の中に望んでありながらも、他人を遠ざけようとする無意識の力。方向性は違うが同様の悩みを抱えていた俺は、彼を、似たもの同士だと思い込んだ。
 パーティを解散する直前、短い別れの言葉を口にした彼の手を取った。
 小さな手のひらにのせた、白く輝くリンクパール。驚いたように俺の手を振り払った彼は、酷く狼狽した様子で非礼を詫びて、リンクパールを受け取った。
 偶然とはいえ突き返されずに済んだリンクパールは、その後彼の耳に装着されることになる。

 人は、自分が誰かと繋がっている場所を常に求める。
 自分という生身の存在を、剥き出しのままヴァナ・ディールという酷く冷たい世界に置くのはつらい。だから人は、ある種の共同体という緩衝材を世界と自分の間に作る。
 その緩衝材の代表が、リンクシェル、だ。
 そこで人は同様の思考を持った集まりであるコミュニティを形成し、世界に対し孤独ではないことを知り、安心する。 運命共同体のようにも見える閉鎖的な空間は心地よく、いつしかそこから一歩踏み出すことを恐れるようになっていくことに気づかない。
 いい人。頼りがいのある人。
 リンクシェルでの俺だ。
 けれど俺だって迷う、俺だって嫌なこともある。頼られても無理なものは無理だ。それでも求められることには応えてきた。応えることで、俺は俺自身に満足した。応えられたことに対する満足ではない。他人から頼られるという満足だ。
 皆が俺を頼りにする、向けられる感情に安堵する。
 其れは世界でたった一人特別になった優越感にも似ている。
 いい人を演じていた。
 そうすることで自分を保った。

 いつしか、俺は地味で頼りない本性を知られて、人が離れていくことを恐れるようになった。


 

 

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