Burn my Dread/Onslaught

 




【←side:Kadenz→】

 リンクシェルを貰って楽しかった。

 知らなかった世界がそこにはあった。華やかで、彩りある世界が広がっていた。
 ルリリと出会って、ツェラシェルといろんな場所に行って、生きていることを実感した。それと同時に、自分の時間もまた、刻一刻と迫る、終わりの時間まであと僅かであることを知ることになる。
 始まりの大聖堂。信仰とアルタナへの裏切り行為。そして背徳。
 死を望みつつも、だけど全ての世界が閉ざされることを畏れた。それでも一度は生を自ら手放しておきながら、今はその生に無様にしがみついている。残された時間の少なさを、後悔している愚かな魔物に成り下がったこの忌々しい身体。自ら望んで手に入れておきながら、今はその選択を過ちだったと後悔するなんてバカみたいだ。
 最初から、わかりきっていたのに。
 ちっぽけで、閉ざされていた俺の世界。その扉をあけてくれたツェラシェルには感謝している。けっして嫌いなんじゃない。むしろ、こんな魔物の俺でも気にかけてくれるのか、と。
 ツェラシェルはこんな薄汚れた先のない俺を好きだという。だけど、俺じゃあツェラシェルを満足させることは出来ない。ツェラシェルもまた、俺では満足する事が出来ない。
 それが渇望なのだと。
 今なら分かる。どれだけ足掻いて藻掻いても、けして手の届かないもの。それでもそれを求めやまず、結局飢えて、やがては滅びへの道を辿る。それを手に入れる事なんて出来ない。手に入れられないからこそ、こんなにも激しく求めるのだ。お互いの目の前に広がっているのは、ただ、破滅へと続く道。
 ツェラシェルはそんな道があることなんて知らなくていい。俺がどうしてここに居るのか、青魔道士がどうして生きているか、なんて、知らなくていい。食事も、知らなくてよかった。
 だから、俺がこれから付けなくてはいけないけじめも、知らなくていい。
 それは俺が前に進む為には必要不可欠なことで、避けて通ることの出来ない道だ。俺は、安易に力を求めた代償を支払わなければならない。
 俺は俺自身に決別しなくてはならないのだ。
 そんなこと、ツェラシェルにはなんの関係もない。いつ、見知った誰かを喰らうことになるかも分からない魔物を、近い未来必ず居なくなる魔物の俺を、これ以上気にする必要はない。

 霧のような雨が、ひとりになった俺の頭上に降り注ぐ。
 どんよりと曇った空は、俺自身の心の中のようだ。折角ぬくまった身体がまた冷えていく。歩き出した脚がやけに重いけれど、俺にはまだやらなくてはならないことがある。
 けじめを。
 全てに終わりを。
 一度は六門院へと向けた足を止め、霧雨で煙る居住区を振り返った。
 この国に着て、色々な人と出会った。
 その出会いは、時には自分の欲求を満たすためでもあり、一時の寂しさを埋め合うだけでもあった。その時は自分に寂しいだなんていう感情があることすら気付かなかったけど、今のこの気持ちはきっと寂しいのだと分かる。
 寂しい。
 声にならない、空気が喉から零れた。
 このまま誰の記憶にも残らず、この身体は朽ち果てることなく永遠を彷徨うのだろうか。その時は、俺、という存在は一つ残らずなくなっているに違いない。姿形も含めて。
 変わる前に終わらせたい。だけど変わっても分かって欲しい。
 これは俺だったものだ、って。
 どれだけ矛盾しているかなんて分かりきってる。それでも願う。
 俺の手を取ってくれる───大きな手を。
 俺はその手を。
 不意にいつも嫌な顔一つせず、他人の後始末をしていた男の顔を思い浮かべて苦笑いした。彼もまた、過去に囚われている。そろそろ解放してあげなくてはならない。そして、お礼を言わなくては。
 ありがとう。
 もう、レヴィオを束縛するものは何もない。
 レヴィオは、レヴィオの人生を歩んで欲しい。
 感謝してる、レヴィオ。本当に。

 ゆっくりと階段をあがっていけば、雲間から筋のような日差しが遠くで見えた。雨はじきにやむだろう。
 戦場になることも想定された造りのアトルガン白門。砦にも似た通路を歩き、目的の男がいる場所を目指した。
 そこが俺の終着駅であり、始まりの場所でもある。
 男はいつもと変わらぬ様子でそこに立っていた。ただ違うのは、近づく俺を真っ直ぐ見据え、まるで俺がここに来ることが分かっていたとでも言うように、彼はゆっくりと俺に手を差し出した。


「やあ、占いでもいかがですか」

 

 

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