Kuftal's Tunnel/Catastrophe

 



 でもここじゃなかったらいいのかって言われるとそうでもない。
 確かに冒険者業界は色んな意味でフリーダムとはいえ、男の、というより雄の本質としてそういう対象として見られるのには抵抗があるんだよね。当然そういうふうに扱われるのもそう。身体のつくりとか、器官がどうこうってより前に本能が拒絶する。気持ちよければ相手は男でも女でもいい、なんて言うのは突っ込む側の話。
 でもそんなこと言いながら実際は代用品みたいな扱いが嫌なだけなのかもしれないのも事実で。
 男でもいい、男でもいける。この「でも」が曲者で、それはせっかく築き上げてきた雄としてのアイデンティティを片っ端から粉々に砕いていく感じがする。
 じゃあ自分だからいい、って言われたら満足なのかっていうとこれまた違って最初に戻る。
 難しい。
 これが冒険者業界だけじゃなく世界的にジェンダーフリーになっていけば、数十年後には本能だとかアイデンティティーそのものが変化しているのかもしれないけど。
「ねえ、ヴァルはぼくでいいからしゃぶって欲しいの、それともぼくにしゃぶって欲しいの?」
 自分でもよくわからない言い方をしたと思う。
 でもそんな感じ。
 ヴァルは一瞬目を細めて、それから深いため息をついた。
「そんな話引きずるなよ」
 唇が離れていって、代わりに大きな手が頭を撫でていった。
 答えをはぐらかされた気がする。
「なんか気分が削がれちまったし、ラバオで飯喰って帰ろうぜ」
 そう言われて、もうクラブスシを口にしてから大分たっている事に気がついた。
「今日はこれくらいにしとく」
 歩き始めたヴァルを追いかけると何故か手をしっかりと握られる。
 さてはきっとギーヴルが怖いんだ。
「なぁ、お前例のフレンドの手伝い今度断れよ」
「えぇー、どうして」
 唯一色んな事に誘ってくれるフレンドなのに。
 確かにトラブルは多いけど、彼に悪気があるわけじゃない。そりゃ一度断ったら次声掛けて貰えないかもしれない、なんて心配してるってのもあるけど、それだけじゃないんだ。
 彼は自分を信頼してくれて、覚えていてくれて、そして頼ってくれる。
 例えそれが手伝い頼めば絶対来てくれる便利な暇人という扱いだったとしても、それでもこの形だけ並んだフレンドリストの誰よりも彼は優しい。
「オレと先約があるとかなんとか言ってさ、断れよ」
「そんなこと言って、約束なんかしてくれたことないじゃん」
 そう言ったらヴァルは凄い顔をした、と思う。
 でもすぐにその表情は消えて、視線をそらされた。
 何気ない言葉だったけど、自分で言ってその事実をことさらに理解してしまって次の言葉が出てこない。
「ごめん」
 ヴァルに謝らせてしまって胸に何かがずしりとのし掛かる。
「ぼくもごめん。さっきの話考えておくから、今日はこのまま帰るね」
 まるで引き止めるようにヴァルの手が自分の手を強く握った。
 けして強い力で握ったわけではなかったのに、一瞬身構えた自分にヴァルはあっさりと手を離す。
「じゃあ」
 そう言ってうまく笑えないままデジョンカジェルを握り締めたら、ヴァルが急にひきよせを使った。大きな腕の中に抱きとめられて、いつになくヴァルの心臓の鼓動が耳に近かった。
「またね」
 目を閉じて、小さく言った。
 デジョンカジェルを使って、ヴァルの腕の中から黒い魔力の渦に飲み込まれる。
 なんだか頭の中がぐるぐるする。
 今までこんな付き合い方したことなかったから、ヴァルの考えていることが分からない。どうしたらいいのかも分からないのに、相談出来る相手もいないなんて。
 友達って、どういう関係なんだろう。
 こんな定義から考えないといけないなんて。
 レンタルハウスに飛び込んでベッドにダイブして目を強く閉じる。こういうときは何も考えずに寝て、そしていつも通り、いつものように連絡して、蟹殴って飯喰ってバイバイ。もう一度いつも通りの内容を口に出して繰り返した。
 次は蟹食べよう。
 うん。そうしよう。
 そして、今度はちゃんと笑ってバイバイ、って言うんだ。
 


 

 

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