Mirror, Mirror/Catastrophe

 




 ゴルディヴァルは笑って頭を撫でてくれた。
「いいから」
 もう一度そういうと有無をいわさずシーツを肩まであげられる。なんだかうまく言葉がでてこない。
 ぎゅっと目を閉じるとゴルディヴァルの気配が遠ざかっていった。それがまたなんだかよく分からない感情を連れてきて、ぐちゃぐちゃとしたまとまらない思考が頭の中でループする。
 目を閉じたら襲ってくる睡魔がそれ以上考えることを阻害し始めて、このままじゃいけないと思っても心とは裏腹に一度閉じた瞼は開くことを拒否していた。
 浮かんでは沈む、そんな曖昧なところに心も体もあった。
 浮かんだ先に見えるのは光?
 沈んだらそこは闇?
 それすらも分からなくて、もうどっちが天井でどっちが深海なのかも分からないまま身体はゆらゆらと流されていく。怖くなって手を伸ばしても、掴むものも、掴まるところもない。
 そのうち、今まで感じなかった肩の痛みがまた襲ってきて、あり得ない激痛に叫んだ。肩を押さえてみたら、黒が混じる赤が手のひらにべったりとついて、じわじわと滲みだしていく。ぼこぼこと泡をたてて赤い煙になっていくそれが、まるで自分の身体が肩から溶けてくような感じがして怖くて怖くて仕方がなかった。
 このまま消えちゃうの?
 そう思った瞬間、たゆたっていた身体が一気に浮上した。
 大きな手に引っ張りあげられて、何度も耳元で大丈夫だと繰り返される。
 だから、あぁ、だいじょうぶなんだな、って思った。
 その後はよく覚えてない。
 目が覚めたら隣にゴルディヴァルがいて、顔を動かしたら額においてあったと思われる湿った布が音を立ててベッドに落ちた。ゴルディヴァルはまだ眠っていて、一晩中、多分だけど熱にうなされた自分を、傷を負った肩を、かばってくれていたんだろう。
 手に取った布は半分乾きかけていて、すでに熱はひいている感じがした。肩に目をやると、巻いた布に血が滲んでいる。
 なるほど。あの夢はこういうことだったのか。
 大丈夫、って声はゴルディヴァルの声だったのかな。
 なんかくすぐったいような、不思議な気持ちになって一人笑ってたらタイミング悪くゴルディヴァルが起きた。
「あー、寝ちまった。大丈夫か、気分悪かったりしないか」
 そう言って額に額が当てられる。
 近くて、びっくりするほど整ったエルヴァーンの顔に不覚にもドキドキした。
 いつもそびえ立つ塔みたいでよく見えないけど、男の人も女の人も、とても綺麗な種族だと思う。華やかっていうか、おとぎ話に出てくる王子様とかお姫様みたいな感じ。いたって普通のヒュームからは想像もつかないような世界にいるひとたち。
 まあ、付き合ってみると普通の人なんだけども。
 ゴルディヴァルも綺麗だけど、もの凄い性格は軽いし、なんか口悪いし。とても王子様には見えない。
「おい、大丈夫か?」
「え、あ、うん。ジュノ行ったら、病院行っとく」
 そうしてくれ、という声と同時にもう一度額がくっつけられて、何故か唇が降ってきた。
 仲良くなったのかどうかは分からないけど、折角こうして出会って一緒に依頼をこなしたのに、明日ルトの元に鏡を届けたら自分にとってのこの仕事はおしまいになる。例えフレンド登録しても、きっと他のただ名前が並んでいるだけのフレンドと同じように最初はとっていた連絡も次第に取らなくなって距離が開いていくに違いない。
 鏡なんて見つからなければ良かったのに。
 そう思ってしまった自分が哀しい。
「鏡、見つかってよかったね」
「割っちまったけどな」
 取り繕った言葉はゴルディヴァルに笑い飛ばされた。
 釣られて笑って、キスをする。
 ちょっとだけ涙が出てきたのを笑って誤魔化した。今日からまた一人。
 いつもの日常に、戻るだけ。

 

 

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